芸能・女子アナ
日本映画の歴史は「女優のヌード」で作られた Part3 1990年代
芸能・女子アナFLASH編集部
記事投稿日:2016.07.05 19:00 最終更新日:2016.07.05 19:00
バブル崩壊後の1990年代、日本の映画産業は史上最も厳しい冬の時代へ。 「テレビドラマは元気だったが、対して日本映画は低迷の極みに達した。そのぶん、流行となったのがオリジナルビデオ映画なんです」(映画評論家の森直人氏)
レンタルビデオ隆盛にともない、劇場公開を前提としないビデオリリースのみの映画が低予算で大量に作られた。
「このオリジナルビデオ映画という新たなジャンルが、1970 年代のロマンポルノと同じく、新しい才能や人材を生み出す仕事場となったんです」
その代名詞的存在「東映Vシネマ」が1989年にスタート。本来は東映ビデオの登録商標だが、いつの間にかどの会社のビデオ映画も「Vシネマ」の呼称(愛称)で呼ばれた。
のちの大女優がキャリア初期に惜し気もなくヌードになっていたり、あるいは転換期に大胆なヌードを披露するように――。
「たとえば『さまよえる脳髄』の高島礼子、『夜がまた来る』の夏川結衣など。『KAMIKAZE TAXI』の片岡礼子、『完全なる飼育』の小島聖や『フリーズ・ミー』の井上晴美なども挙げられます」
高島は初出演で初ヌード。当初は別の女優がヒロインだったが、撮影中に降板。急遽交代で披露したこのヌードが現在のキャリアにつながっている。
1990年代のヌード映画には「ヘアヌード写真集の流行」も影響したと森氏。
「特に篠山紀信撮影の宮沢りえ写真集『Santa Fe』の影響は大きい。女優がヌードになることがある種の自己主張だったり、本格派のステイタスとして認知されやすくなった」
もちろん時代の機運とは関係なく、監督の作家性や企画の必然のなかでヌードやセミヌードになる女優も多い。
「『はるか、ノスタルジィ』の石田ひかり、『おこげ』の清水美沙、『失楽園』の黒木瞳なども話題になりましたが、個人的な衝撃度では高岡早紀(『忠臣蔵外伝 四谷怪談』)ですね。当時は清純派アイドルだった高岡が濃厚な濡れ場を演じ、見事な巨乳でした」
ヌードだけでなく演技も評価され、高岡はこの作品で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞した。
この時代は「なんでもあり」の自由な土壌ならではの一風変わった作品も誕生したという。鈴木砂羽のデビュー作『愛の新世界』もそのひとつ。
「成人指定のため、性描写もバンバン出てきますし、日本映画史上初のヘアヌード作品として話題になりました」
森氏は1990年代を日本映画における「過渡期」であったと分析する。その後、衰退した日本映画が徐々に元気を取り戻し、邦画が洋画の国内興行収入を超え「邦高洋低」となるのは2006年。
「いま振り返ると混沌ぶりがおもしろい。その過程で貴重なヌードも名作もたくさん生まれた時代。21世紀はヌード映画の巻き返しに期待したいです」
(週刊FLASH 2016年6月21日号)