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バブル期のギャラは2日で15万円「レースクイーン」黄金時代芸能 2016.10.15

サーキットの華はどうやって生まれたのか。写真:YUTAKA/アフロ

サーキットの華はどうやって生まれたのか。写真:YUTAKA/アフロ

 

 レースクイーンの元祖は小川ローザであったと言われる。「オー・モーレツ!」とつぶやく丸善石油のCMで人気を博した小川は、1969年には「NETスピードカップ」のコンパニオンを務めた。

 

 年間300人ものレースクイーンを取材する矢沢隆則氏は、「その後、1984年の『鈴鹿8時間耐久ロードレース』で、チームスポンサーである企業が水着女性を広告塔に起用したことが、ブームを加速させた」と言う。

 

 時代はバブル景気前夜。キャンペーンガールや水着グラビアの流行などに後押しされて、レースクイーン人気も全盛期を迎えた。

 

「バブルの時代、企業には使い切れないほど経費があった。言わば、無駄遣いがレースクイーンを作ったのです。1日のギャラは、7万~8万円。レースは基本的に2日間おこなわれますので、2日で15万。

 

 ディスコ全盛期の時代と重なったこともあり、『ジュリアナ東京』でスカウトされたコもいたと聞いたことがあります。その黄金期に活躍したのが、岡本夏生でした」

 

 岡本夏生は、1989年に「日清カップヌードルレーシングチーム」のレースクイーンとなり、『笑っていいとも!』などに出演。“ハイレグ女王”と呼ばれ、世間にレースクイーンのイメージを定着させた。飯島直子も同時代にレースクイーンとして活躍していた。

 

 1990年代半ばには『トゥナイト2』などのメディアに取り上げられ、『ミニスカポリス』にはレースクイーンが多数出演した。さらに「このころから、レースクイーン撮影会がおこなわれるようになった」と矢沢氏。

 

「いまではアイドルの握手会は当たり前になっていますが、先駆けとなったのです」

 

 その時代のトップを走ったのが鈴木史華だった。

 

「次々と写真集を発表した彼女は、ファンの顔を覚える能力に長けていた。群がるファンだけでなく、遠巻きに見ている客までも覚えてしまう。だから支持されたのです」(矢沢氏)

 

 景気は後退してもレースの女王は健在だった。

 

 2000年にデビューした吉岡美穂は「掛けてミホ!?」というキャッチフレーズからCMで大ブレイク。彼女がサーキットに現われると、20社以上が取材に押し寄せたという。

 

 2010年に「レースクイーン・オブ・ザ・イヤー」に輝いた菜々緒は、男性ファン中心のレースクイーンに加え、ファッションモデルとしても活躍。性別問わず愛されるタレントとなった。

 

 レースクイーンをバブルの産物であると侮るべからず。それは、新たな芸能界のスターが生まれる登竜門なのだ。

(週刊FLASH 2016年9月26日号)

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