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オンリーワンの男たち/安倍首相から福島まで撮る男、転機はパレスチナ

社会・政治 投稿日:2020.05.22 16:00FLASH編集部

オンリーワンの男たち/安倍首相から福島まで撮る男、転機はパレスチナ

写真家・佐々木康

 

 雑誌『フォーブス日本版』の表紙は、創刊号から佐々木康が撮影している。これまで、安倍首相をはじめ、小泉進次郎、三木谷浩史、村上龍、小澤征爾、山中伸弥教授など、数々の著名人を撮影してきた。佐々木がポートレイトを撮るときの思いは一つだ。

 

「自分は人を撮るとき、魂を分けてもらうって考えるけど、その人との接点というか、「触れた」っていう感触が欲しい。それを写真を見る人にも感じて欲しい」

 

 

 魂を分けてもらう……そんな思いで写真に取り組んでいる佐々木とは、一体どんな人生を歩んできたのか。

 

 佐々木は1972年埼玉県飯能市で生まれた。父親の転勤により4歳でカルフォルニアへ行くが、3年後に帰国。子供時代の佐々木は、のびのびできたアメリカ生活とのギャップに苦しんだ。

 

「日本の小学校は、アメリカの学校みたいに『なにができるか』じゃなくて、『なにができないか』ばかりを指摘される。みんなと同じことだけできればいいというのがイヤでしょうがなかった」

 

 居場所のなかった少年は、いつもどこかボーッとしていた。
 父親の再度の転勤で、中学時代はドイツのハンブルグで2年過ごし、その後ロンドンの日本人学校へ行くも、問題児だと1年で追い出された。帰国後の日本の高校は「もう全然座っていられない」と2年で中退した。

 

 佐々木は19歳のとき、「故郷の匂いが忘れられない」と米国アイオワに単身でもどる。地元の図書館で勉強しながら高校卒業資格を取得し、短大に入ると写真の授業があった。そこで初めて現像やプリントを体験し、「写真って面白いな」と感じた。

 

 その頃の世界は、動乱の時代だった。1989年に起きた天安門事件、ベルリンの壁崩壊といったニュースは、まだ日本にいた佐々木に大きな衝撃を与えている。自分が歴史の中にいることを、風化させたくない、忘れたくないという強い思い。カメラをいじるうち、漠然とだが、今の時代で起っている事件を、自分の手で記録したいと思うようになった。

 

 1994年、21歳で帰国。時はバブル崩壊後の不景気で、仕事はまったくない。「もう自分は何もできないと思って腐ってた」が、荷揚げ、ビル清掃、造園土木となんでもやった。産業廃棄物の運搬仕事でフルタイムに昇格するも、「この国で生きていく自信がまったくなかった。自分は完全にレールから外れちゃってる」と思っていた。

 

 それでも、カメラを手放すことはなく、1年のうち10カ月を産廃会社で働き、残りの2カ月を海外で撮影することにした。1998年、佐々木はカンボジアへ出かけた。独裁者ポル・ポトが死ぬ直前の混乱したカンボジアは、治安が最悪だった。

 

「カンボジアはまさに混乱の極み。お金払って新政府軍のヘリに乗って、ポル・ポト派の最後の拠点があったジャングル、アンロンウェンまで撮りにいった」

 

 現地には横田徹など、フォトジャーナリストたちが集まっていた。

 

「トオルと一緒に木に吊ったハンモックで寝ていると、ドドドドってすごい振動がして、『コウさん!攻撃!』って。 トオルは足が速いから、どんどん草むらに入っていくから、パンツ1枚の兵士たちが『地雷、地雷!誰か止めろ!』って(笑)」

 

 現地の新聞に「神風フォトグラファーズ」というルポタージュが掲載されるなど、若さゆえの興奮もエネルギーもあった。一方で、塹壕にあふれた女性や子供の死体をたくさん見るうち、「人の命って簡単になくなってしまう」と理解し、同時に「自分は生きている」という実感につながった。

 

 ある夕暮れどき、佐々木がいた新政府軍のキャンプに、地雷で足をずたずたにされた兵士が運ばれてきた。きちんとした設備も薬もなく、車のバッテリーにつないだ蛍光灯の明かりだけで兵士は足をのこぎりで切断された。佐々木は兵士の頭を抑えて手術を手伝った。

 

「サムっていう若い兵士なんだけど、手術後にすごくしょんぼりしてる。彼は足がなくなったからもう結婚できないって言うの、それがすごく悲しかった。慰めたくても、自分には慰めようがないわけでしょ。そのとき彼がタバコを吸いながら、ぼんやりベッドに横になっている写真を撮った。この写真は今でも自分にとって大切な写真だと思う」

 

ベッドに横になるサム

 

 当時の佐々木は、撮った写真をどうすればいいのか、わかっていなかった。しばらくしてフィルムを買うお金もなくなった。仲間が佐々木に、「撮影した写真を売れ」と言う。

 

「AP通信は30ドル、ロイターが150ドル、カンボジアデイリーが1枚10ドルだった。自分の撮った写真がロイターに売れたのね、それでフィルム買って、写真をを撮り続けることができた」

 

 日本のニュースでプノンペンの状況が流れたとき、レポーターの後ろを走っていた佐々木を彼女が偶然見つけ、「あ、プノンペンにいた! 生きてた!」ということもあった。

 

 帰国して、10カ月は産廃現場で働き、2カ月は海外で写真を撮る生活が続いた。撮った写真は増えてゆくが、これでは食べていけない。悶々とするが、2007年、30歳で行ったパレスチナで転機が起きた。

 

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