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71歳の香港メディア王、死の危険でも「中国と戦い続ける」

社会・政治FLASH編集部
記事投稿日:2020.08.29 06:00 最終更新日:2020.08.29 06:00

71歳の香港メディア王、死の危険でも「中国と戦い続ける」

8月12日未明、黎氏の保釈時。ともに逮捕されていた息子らも一緒に保釈され、警察署には多くの市民や支持者が集結した

 

「民主と自由を求める戦いを終えることはない」

 

 本誌の取材で、そう宣言したのは、香港の日刊紙『蘋果日報(アップルデイリー)』の創業者である黎智英(ジミー・ライ)氏(71)だ。

 

 2019年3月の「逃亡犯条例」改正反対に端を発した、香港の民主化運動。『アップルデイリー』ほか、複数メディアを束ねる「壹傳媒(ネクスト・デジタル)」の会長も務め、「香港のメディア王」と称される黎氏は、運動を代表する人物だ。

 

 

 その黎氏や、「民主の女神」こと周庭(アグネス・チョウ)氏(23)が8月10日(現地時間)に一斉に逮捕された。2日間におよぶ拘束後、黎氏は8月12日に保釈されたが、保釈後では日本メディア初の取材として、8月19日に本誌の単独インタビューに応じた。

 

 逮捕当日は、九龍半島にある自宅で体を休めていた黎氏。その場所で、約20人の警官に身柄を拘束された。

 

「警察は私をうしろ手に縛って、アップルデイリー本社など、関係各所の家宅捜索に同行させた。段ボール25箱ぶんの資料が押収された。

 

 これは、報道の自由に対する挑戦だ。メディアを威嚇するだけではなく、香港社会そのものをも威嚇する行為だった。けっして屈してはならない」(黎氏、以下同)

 

 黎氏の逮捕容疑は、6月30日に成立したばかりの「香港国家安全維持法(国安法)」違反。外国勢力と結託して、国家安全に危害を与えた疑いだ。

 

 国安法でのメディア関係者の逮捕は、黎氏らが初めてで、中国政府から、いかに “マーク” されていたかが窺える。黎氏も、中国当局に “拉致される” 恐れを感じていたのかもしれない。

 

「逮捕時、私の容疑を説明する警察官が香港警察職員だったので、『大陸に移送されることはないな』と安堵した」

 

 彼が自由を求め戦うのには、その生い立ちが関係している――。1948年、中国・広東省で生まれた黎氏は、父が香港へ逃亡したことから、母が「労働改造所」に送られてしまい、貧しい少年時代を過ごした。その後、自身も12歳で香港に不法出国し、一介の工場労働者になった。

 

 1981年にアパレルブランド「ジョルダーノ」を起ち上げ、そのブランドを売却した資金をもとに創刊した週刊誌『壹週刊(ネクスト・マガジン)』から、黎氏の自由への戦いは始まった。

 

「徒手空拳の自分が香港で成功できたのは、この土地の “自由” のおかげ。だからこそ、香港の自由を守らなければならないんだ」

 

 黎氏の論調は一貫して「反中国」だが、それを堅持する香港メディアは、いまや『アップルデイリー』だけとなった。

 

「私の逮捕翌日の『アップルデイリー』は、1面に『必ずや戦い続ける』と大見出しを打った。すると、通常の6倍となる55万部が完売。市民からの期待を、ひしひしと感じている。引き続き、日本の皆さんにも支援をお願いしたい」

 

 国安法では、「『重大案件』となれば、中国本土で起訴し、裁判をおこなえる」と定めている。中国当局の容疑者の扱いについて、中国上海市で逮捕され、取り調べられた経験のある民主活動家が話す。

 

「無断で身動きすると、看守に小突かれたりしました。床や壁は非常に堅牢で、うっかり自分でぶつけると、痣になるほどです。仮に70歳を超えた黎氏が長期間、拘束されれば、健康状態が心配です」

 

 黎氏は「死の危険」もあるなかで、香港支配を強める中国政府と対峙していかなければならないのだ。最後に黎氏は、こう呟いた。

 

「戦いは容易ではない。いつまで戦わなくてはいけないのか、それもわからない。デイ・バイ・デイ――日々の戦いを諦めることなく、続けていくしかない」

 

取材・富永久

 

写真・AP/アフロ

 

(週刊FLASH 2020年9月8日号)

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