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安倍内閣のキーマン菅官房長官「中学時代は野球部で1番サード」

社会・政治 投稿日:2016.09.20 20:00FLASH編集部

安倍内閣のキーマン菅官房長官「中学時代は野球部で1番サード」

 

 線路の先には東京がある──。1967年3月。18歳の菅義偉は、秋田県から集団就職列車に乗って上京した。ホームにはまだ雪が残っていた。菅本人が当時の心境を振り返る。

 

「青雲の志なんてたいそうな話じゃない。どんよりした雲。降り積もる雪。農家の長男だから農業を継がなければならない。とにかく田舎から逃げ出したい、その一心。家出同然だった」

 

 安倍内閣の黒衣(くろご)役である菅官房長官は、あらゆる政策決定のキーパーソンだ。菅は、いつどのように政治家を目指しはじめたのか。

 

●満州から引き揚げた父は地元のいちごをブランド化

 

 9月初旬、本誌は菅本人が「逃げ出したかった」と語った故郷に向けて車を走らせた。湯沢市秋ノ宮地区。宮城県境に近い山あいの地は、冬は2メートルの雪に覆われる県内でも有数の豪雪地帯だ。

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菅官房長官の生まれ故郷の風景

 

 1948年12月6日、菅はこの地で、父・和三郎、母タツの間に生まれた。2人の姉と弟の6人家族が暮らした生家には、今も「菅和三郎」の表札がかかっている。

 

「和三郎さんは満鉄(南満州鉄道)でサラリーマンを経験した後、秋ノ宮に引き揚げて農業を営んでいた。地元の『秋ノ宮いちご』のブランド化を成功させた地域の功労者でもあります。義偉君は、そんなお父さんの商売っ気というか、経営センスを受け継いでいる気もします」

 

 こう語るのは菅の小中高の同級生で、現在、湯沢市議の由利昌司氏である。通っていた秋ノ宮小学校は自宅から数分の距離にある。今は統廃合された秋ノ宮中学もすぐ先にあった。

 

「学校に近い義偉君の家に集まっては一緒に遊んだものです。彼は定期購読していたマンガ雑誌をみんなに先に読ませ、自分は後で読んでいた。ガキ大将というのとはちょっと違う。女のコに声をかけられると真っ赤になる面もあって、けっして自分からは表に出ないんですが、自然と人が集まってくるんです。スポーツは万能。相撲、野球、バスケ、陸上、スキーの選手に選ばれていましたね」(由利氏)

 

 菅の周りにはいつも人の輪があったが、性格は頑固一徹だった。中学は野球部で、サードで1番打者だった。野球部でも菅と一緒だった由利氏が語る。

 

「義偉君はバットを投げ出すような変わった打撃フォームだった。先生にちゃんと構えて打つように言われても、自分はこっちのほうが振りやすいからと、けっして考えを曲げなかった。トップバッターで出塁率も4割近くあったから、結局、先生もあきらめて何も言わなくなりましたね」

 

 高校は県立湯沢高校に進むが、学校まで遠くて部活は続けられなかった。

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菅官房長官が通った中学校(当時の校舎)

 

「高校の同級生で義偉君のことを知っている者は少ない。彼が政治家になったとき、『菅ってどんな奴だ?』と聞いた奴が、卒業アルバムを見たら同じクラスだったというエピソードがあるくらいです。当時は、誰も彼がこんな大政治家になるなんて思ってなかった」(由利氏)

 

 高校卒業後に上京し、板橋区の町工場に勤務するが、わずか数カ月で辞めてしまう。「現実は甘くなかった」と菅は多くを語らないが、その後は生活との戦いが待っていた。

 

 朝は築地市場で働き、夜は新宿の飲食店で皿洗い。その合間に受験勉強を続け、上京して2年後、法政大学法学部に入学する。選んだ理由は「授業料が最も安かった」からだ。

 

 そして、入学後も、ガードマンや新聞社の雑用、カレー屋などのアルバイトで生活費と学費を稼いだ。大学時代、唯一打ち込んだのが空手だった。アルバイトに追われながら二段の段位を取っている。

 

「自分を厳しい状況に置きたかった。空手からは礼節や先輩、後輩の序列を学びました。そして我慢することを覚えた。練習はすごく厳しかったが、どんなにきついことも時間がくれば終わるということを知りました。アルバイトばかりの大学生活でしたが、人生修行はやった気がします」(菅)

 

 大学卒業後、電気設備の会社にいったん就職するが、自分が本当にやりたいことは何かをいつも思案していた。

 

「人生は一回きりだから自分の思うように生きたいと考えるようになったんです。それが政治の世界に入ることだった。政治は世の中の根幹だ。そこで自分の力を試したい。そして、日本を変えたいと思った」(菅)

 

 菅の大きな志が花開いた瞬間である。

(週刊FLASH 2013年10月1日号)

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