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【アメリカの殺人鬼に会いに行く(2)】「丘の絞殺者」ケネス・ビアンキ

社会・政治FLASH編集部
記事投稿日:2016.09.23 06:00 最終更新日:2016.09.23 06:00

【アメリカの殺人鬼に会いに行く(2)】「丘の絞殺者」ケネス・ビアンキ

写真:getty images

 

ケネス・ビアンキ(Kenneth Bianchi、1951年5月22日~)

 1977年から1979年にかけて、いとこのアンジェロ・ブオノとともに、ロサンゼルスで10人、逃亡先のワシントンで2人の女性を殺害。私服警官になりすまし、女性を誘拐しレイプした後、毒注射、電気ショック、一酸化炭素中毒など残酷な方法で殺害し、死体を遺棄する。被害者は12歳の少女から28歳までだった。

 1979年1月12日、殺人罪で逮捕されるが、アンジェロの裁判の証人になる条件で減刑され、現在、終身刑でワシントン州立刑務所に収監中。

 

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 従兄とともに女性12名をレイプし、殺害後、死体遺棄したケネス・ビアンキ(65歳)は、私の手紙に対し、強く冤罪を主張してきた。

「取り調べでは、警察の報告書を読んだあとで催眠術による誘導尋問がおこなわれたため、私の供述は当然のことながら警察の求めている内容に近くなったのです。それが有罪の大きな根拠となりました。催眠術による供述以外、当局には核心的な証拠はありません」

 ビアンキの手口は、私服警官のふりをして女性を車に乗せ、自宅でレイプ後に絞殺するパターンが多い。丘の中腹に裸のまま遺体を放置したことから、「丘の絞殺者」と呼ばれている。

 裁判で、ビアンキは解離性同一性障害(多重人格)を装い、別人格である「スティーブ・ウォーカー」なる人物が犯行を犯したと言い、無罪を主張した。その主張に騙される精神科医もいたが、結局、多重人格の専門家にウソを見抜かれてしまう。

 また、取り調べで本人しか知りえない細かな状況まで自白してしまい、それが有罪判決の決め手になった。

 しかし、本人はそれを催眠術による誘導だとし、いまも無罪を訴えている。冤罪なのかどうかを知るには、直接会って本人の“臭い”を感じ取るしかない。そう考えた私は、ビアンキが収監されているワシントン州立刑務所に向かった。

 刑務所はこじんまりした印象で、面会担当の刑務官たちは、とても親切だった。いつも通り身体検査と金属探知機を通過し、ちょっとしたカフェのように丸テーブルが十数個並べられている面会室へ向かう。

 10分ほどしてドアが開き、ちょうど私とおなじ170cmほどの男が伏し目がちに入ってきた。私が手を振るとすぐに気づき、「どうもどうも。ハガキに今日か明日面会に来ると書いてあったので、どちらになるかなと思ってたんだ」と言った。銀色の眼鏡をかけてニコニコしていたが、目は笑っているようには見えない。

――手紙だとワシントンで2人の女子大生が殺された事件のときは、何か行き違いがあったらしいね?

「そうなんだ。事件のとき、本当はある会議に出席することになっていたんだけど、ひどい風邪で家で休んでいたんだ。で、その日の深夜2時ごろ、社長から電話があって、『お前、会議に出席したのか』と聞かれて。正直に出席しなかったって言えばよかったんだけど、早く眠りに戻りたかったから、『Yes』って答えちゃったんだ。それが捜査の流れを大きく変えてしまった。いま思うと、何であのとき本当のことを言わなかったのかと思うけど、後の祭りだよ」

――なるほど。彼女たちと面識はあったの?

「カレンの方はウチの警備会社で働いていたから、職場では知っていたよ。でもそれだけさ。会社にカレンの電話番号の問い合わせがあったっていうけど、僕はもともと知っていたからね」

 私の問いに対して、ビアンキの説明は完結しており、なんら疑わしいところはなかった。そのため、話題を少し変えてみることにした。

 

●刑務所では凶悪な殺傷トラブルが多発

――刑務所の暮らしってどう? やっぱり危険なの?

「一番危険なのは西ユニットだね。そこは凶悪な殺傷トラブルとかが多いよ。僕がいるユニットは、問題があるとしてもケンカ程度だよ。ここでは気に入らない人間同士がお互いに避けることができないから、いざこざに巻き込まれないよう、静観しているのが一番なんだ」

――刑務所ではどういう毎日を過ごしているの?

「決まったルーチンをこなす退屈な日々さ。トランプしたり、テレビを見たり、パソコンブースでメールしたり、他の人間と話をしたり。月から金まではジムや庭にも行けるよ。毎日3回の食事とシャワー、1日に2回、氷ももらえる。図書館、医者、カウンセラー、教会とかは予約制で、順番がきたら呼び出されるんだ。

 たとえば明日は7時過ぎに朝食、9時過ぎにシャワー、11時過ぎに20分くらいのランチ……夕食は5時過ぎかな。夕食が終わると各自が房に戻って、翌朝まで出られない」

――周りの受刑者ってどんな感じ?

「外で待ってる人間がいる奴はたいてい真面目だよ。そういう奴は釈放されて戻ってくる可能性は低い」

――これまで危ない経験をしたことは?

「この刑務所は比較的平和だと思うけど、それでも受刑者同士が交わる場所で安全なところなんかないよ。現に僕も何度も危険な思いをしているし。だから、表面的な話をする人間は何人かいても、刑務所に友達と呼べるような人間は一人もいないよ」

――有罪でないのにそんな生活が40年近くも続いているんだね?

「もし最初の段階でいい弁護士がついて、催眠術を拒否してくれたら、僕は有罪になってないだろうね。でも、実際には『容疑を認めなければ、当局は別件逮捕ではるかにきつい刑を課すだろう』って僕に説明したんだ」

 ちょうどそんな話が終わったころ、面会時間も終わった。論理的に無罪を主張し続けるビアンキを前に、本当にやったどうかの確証は得られなかった。

「今回ははるばる日本から来てくれてありがとう」

 ビアンキは私に別れの握手を差し出した。私も手を差し出し、握手した瞬間、その握力の強さに衝撃を覚えた。身長170㎝程度にしてはかなり小さな手だが、明らかに普通の握力を越える握り方だった。

 私はぞっとして、瞬間的に「この人間はこの握力で女性たちの首を絞めたんだ」と思った。

 ビアンキは、両親に恵まれ、ネグレクトされた記憶はないと話した。両親が死んで養子に出されたが、そこも本当に愛情に満ちた家庭だったようだ。

 だが、連続殺人犯のなかには、家庭内であまりに理想的な子供を演じ、攻撃性を外に出せないまま大人になり、貯め込んだ暴力性を定期的に性欲と、それに絡んだ殺人の形で排出するタイプの人間がいる。

 恐らくは、ビアンキもそのタイプなのではないか。

 もちろん、単なる私の印象だけでビアンキの訴える冤罪を否定することはできない。だが、それをわかっていても、私の手に残る不自然な握力の余韻が、ビアンキと「丘の絞殺者」を結びつけてしまうのだった。(2014年2月28日、訪問)

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