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『不思議の国のアリス』明治の翻訳では「愛ちゃん」に「綾子さん」/7月4日の話

社会・政治FLASH編集部
記事投稿日:2021.07.04 06:00 最終更新日:2021.07.04 07:51

『不思議の国のアリス』明治の翻訳では「愛ちゃん」に「綾子さん」/7月4日の話

ハートの女王と出会いクロッケー大会に参加するアリス(オリジナル版)

 

 1862年7月4日、児童小説『不思議の国のアリス』が誕生した。イギリスの数学者ルイス・キャロルによって書かれた同作。キャロルがピクニックに出かけたその日、親しい交友関係にあった三姉妹に対し、即興で言い聞かせた物語が原案となっている。

 

 世界的名作として知られる『不思議の国のアリス』だが、日本では、明治40年代から日本語に翻案・翻訳されている。1910年に出版された『愛ちゃんの夢物語』が、日本ではじめて原作のすべてを翻訳した訳書である。

 

 

 タイトルからわかるとおり、翻訳者・丸山英観は、主人公・アリスを「愛ちゃん」と訳した。『不思議の国のアリス』の日本語訳には、当時の文化や翻訳者による創意工夫が数多く見受けられる。

 

 法政大学名誉教授で、日本ルイス・キャロル協会会員の楠本君恵氏がこう語る。

 

「主人公・アリスは、明治時代、さまざまな名前で訳されています。『愛ちゃんの夢物語』での愛ちゃんをはじめ、『子供の夢』(1911年、丹羽五郎訳)では綾子さん、『地中の世界』(1921年、鈴木三重吉訳)では、すゞ子ちゃん、『ふしぎなお庭』(1925年、鷲尾知治訳)では、まりちゃんと、いろいろな翻訳者が、日本の女の子っぽい名前を当てはめています。

 

 これは、日本に西洋文化が馴染むまでの段階として、必然だったと解釈できます。もしも最初からカタカナで『アリス』と書いてしまうと、当時の子供たちには男の子か女の子かさえ判断できなかったはずです」

 

「アリス翻訳の出発点」とも言える『愛ちゃんの夢物語』だが、文中に出てくる漢字にはすべてルビが振られている。楠本氏は、同作における独特なルビについてこう明かす。

 

「たとえば、『洋卓』の横には《テーブル》、『小刀』の横には《ナイフ》、『牛酪』には《バター》と、カタカナが振られています。

 

 同じように、『通常』という漢字に《あたりまえ》、『書物』に《ほん》、『整然』に《きちんと》と、その言葉の意味を振っている漢字もあります。

 

 こうすると、本を読んだ子供たちが、漢字の『意味』と『英語』を同時に覚えることができるんです。

 

 まだ辞書が乏しい時代に、よくここまで完璧に訳しておられますね。実は、それから10年以上経って出版された訳書では、スープもパイナップルもすべてカタカナのままなんです。

 

 これは、たった15年ほどで、日本に外国文化が大きく浸透したことを意味しています」

 

「翻訳」を紐解くことで、「時代の変化」に触れることができるという。

 

「翻訳は、日々古くなっていくものです。なぜならば、時代とともに日本語が変わっていくからです。

 

 たとえば、アリスが穴から転がり落ちてあたりを見回す場面で、最近の訳書では、『食器戸棚』という表現が用いられています。

 

 しかし、丸山さんはそこを『蠅帳(はえちょう)』と訳しています。昔はハエがいっぱいいて、食べ物や食器をちゃんと守らないといけなかった。だから、『食器戸棚=蠅帳』と解釈したのでしょう。

 

 加えて、カタカナ言葉が広まることで、日本語はどんどん変化していったのです」

 

 誰もが一度は読んだことのある『不思議の国のアリス』。日本の子供たちに親しまれていく過程には、翻訳者たちの創意工夫があふれていたのだ。

 

写真・大英図書館

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