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本気で考えたい「くじ引き民主主義」政治にイノベーションを起こすには?

社会・政治FLASH編集部
記事投稿日:2021.11.29 16:00 最終更新日:2021.11.29 16:00

本気で考えたい「くじ引き民主主義」政治にイノベーションを起こすには?

 

 素人が公的な意思決定に参加する民主主義の在り方が広がっている。それを「くじ引き民主主義」と名付けたい。

 

 くじ引き民主主義とは、地域の市民や住民、場合によっては国民から無作為抽出(母集団を代表するサンプル抽出)で代議員や委員を選び、特定の課題や目的を達成するにはどうしたらよいのかを話し合い、その上で意思表明や決定をしてもらう仕組みのことだ。

 

 

 2020年に公表されたOECD(経済協力開発機構)の報告書『革新的な市民参加と新しい民主的制度』は、くじ引き民主主義を「代表制熟議プロセス」と呼び、こうした一般市民の無作為抽出を代表とする様々な決定が、1986年から2019年までの間に289例あったと紹介している。

 

 これをみると、1980~90年代にはまだ数少なかったくじ引き民主主義が、2010年頃から、急速に広がっていることがみて取れる。興味深いのは、くじ引き民主主義が様々な対象や領域にわたって実施されていることだ。

 

■ドイツの「計画細胞」

 

 もっとも早くにくじ引き民主主義を実践したのは、西ドイツ(当時)で発達した「計画細胞(プラーヌンクスツェレ)」だ。2009年までに実施された計画細胞は65に上るとされる。

 

 この手法は、社会学者ペーター・C・ディーネルが1970年代に考案し、自治体レベルでの都市計画やエネルギー・環境問題、消費者保護問題などを住民に話し合ってもらうために用いられている。

 

 計画細胞を企画・主宰するのは、行政当局であり、実際の会議は大学など利害関係のない第三者への委託でもって実施される。参加する14歳以上の市民は、自治体住民から「無作為抽出」、つまり「抽選」で選ばれる。

 

 抽選といっても、もちろんランダムで選ばれるわけではなく、母集団となる自治体の人口構成(男女比、年齢、職業など)を正確に反映するような参加者集団(「ミニ・パブリックス=小さな公衆」)が作られる。その他にも、参加者には謝礼を支払うこと、参加者による小グループの討議を行うこと、報告書(「市民鑑定書」)を公表することなどを特徴にしている。

 

 くじ引き民主主義には様々な種類があるが、その原則は、意思決定を行う人たちが無作為抽出によって選ばれることにあり、これが「パブリック・コメント」や「ヒアリング」と異なる点だ。

 

 計画細胞は通常、問題に関する情報提供を受けた代表25人が5グループに分かれ、1日4コマ、4日間にわたる話し合いを行う。一般的に、1コマは、専門家や当事者からの情報提供に20分、質疑応答に10分、話し合いに45分、結果発表に10分、是非を決定する投票に5分と、計90分が充てられる。

 

 その結果「市民鑑定書」が作成され、行政当局にはここで表明された市民の意思を尊重することが義務付けられている。

 

 面白いのは、ドイツのほとんどの州では、こうした場に参加する場合、市民としての自己研鑽・研修のための有給休暇が使えることだ。さらに、市民の果たすべき業務とみなされるため、報酬も支払われる。2019年にボン市のプール移設に関する4日にわたる計画細胞では、1日約6000円が支払われたという。

 

 また、先に指摘したように住民の無作為抽出であるということは、場合によっては十分にドイツ語が話せない外国人や障がい者が選ばれる可能性もある。そうした際には通訳や介助者なども手当されることになる。それも、ミニ・パブリックスが社会の縮図であることが要請されるからだ。

 

「計画細胞」は早くに日本でも紹介されたこともあって、少なくない自治体がこれを参考にした市民参加の制度を設けている。

 

 2005年に千代田区で東京青年会議所が公益法人の税制をテーマにしたものが最初の事例とされるが、「計画細胞」を参考に、その後2006年から三鷹市と三鷹青年会議所が「まちづくりディスカッション」を定期的に開催するなど、全国で広がりをみせるようになった。

 

 愛知県岩倉市は2016年に「市民参加条例」を制定し、2018年に無作為抽出された市民からなる「市民討議会」を開催、市の遊休施設をどのように活用するかについての討議がなされた。

 

 NPO法人「市民討議推進ネットワーク」によると、2018年までに、様々な形の市民会議が500以上、開催されたという。異なる集計方法ではあるが、高崎経済大学の佐藤徹によると、2006年から2010年の間で関東圏を中心とした79自治体で市民会議が開催されたとされる。

 

 2000年代以降、くじ引き民主主義の試みが日本でも広がっていったのは事実であり、より大規模な導入により、政治にイノベーションを起こすことが期待されるのだ。

 

 

 以上、吉田徹氏の新刊『くじ引き民主主義~政治にイノヴェーションを起こす~』(光文社新書)をもとに再構成しました。先進国の政治不信が高まるなか、選挙によらない民主主義の形態を歴史的に振り返りつつ、「くじ引き」の可能性を示します。

 

●『くじ引き民主主義』詳細はこちら

 

( SmartFLASH )

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