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将棋の「棋譜」なぜ配信禁止?強豪ソフト開発の弁護士が解説…無料棋譜、評価値放送は?

社会・政治FLASH編集部
記事投稿日:2022.03.20 06:00 最終更新日:2022.03.20 12:09

将棋の「棋譜」なぜ配信禁止?強豪ソフト開発の弁護士が解説…無料棋譜、評価値放送は?

2019年世界コンピュータ将棋選手権にて “勝訴” と掲げる杉村弁護士(撮影・松本博文)

 

 今や誰もが趣味の動画をYouTubeへ投稿する時代。それは将棋界も例外ではない。戦法や詰将棋の解説、視聴者とのネット対局などの配信が流行っている。

 

 しかし、2019年9月以降、日本将棋連盟は、「棋譜」(公式戦の指し手の記録)の権利を主張して私的使用を禁じており、ファンの間で物議を醸している。

 

 

 客観的な記録も「著作物」に当たるのか。YouTuberの代理人として将棋連盟に質問状を送り、コンピュータ将棋「水匠」の開発者でもある杉村達也弁護士に疑問点を聞く。

 

――最近は将棋関連のYouTuberがとても増えました。これは趣味で楽しいからでしょうか? それとも実益を兼ねて儲かるから?

 

杉村「楽しいからでしょうね。将棋はニッチな分野なので、儲かりにくいと思います」

 

――ほとんどの人はそうなのでしょうね。ただ、人気の棋士・女流棋士、登録者数の多いYouTuberになるとかなりのPV(ページビュー)を稼げるようですが。

 

杉村「確かに、同時接続数も相当あるみたいで、スパチャ(スーパーチャット=投げ銭)もある程度あると聞いております」

 

――ひとくちに将棋といってもいろんなコンテンツがあります。たとえば対戦サイトで自分が誰かと対戦しながら実況するスタイル。これは、一般的なゲーム実況と同じで、運営側が許可していれば問題はないんですね。

 

杉村「そのとおりですね」

 

――一方で藤井聡太竜王や渡辺明名人など、トップクラスの対局にどう関わるかで、問題が生じているようです。

 

杉村「はい」

 

――たとえば、スポーツの中継をやっている。その映像をYouTube上では直接映すことなく実況する。これは問題はないんですね。

 

杉村「まったく問題ないでしょうね」

 

――ではトップ棋士の対局の記録、棋譜をYouTubeで配信するのはどうでしょうか。「将棋の棋譜は野球のスコアブックと同じだ。野球のスコアブックを自分で記録し、リアルタイムで流しても問題はない。だから将棋の棋譜も同じことだ」というような主張も見られますが。

 

杉村「まず日本将棋連盟は2019年9月、『棋譜利用に関するお願い』という文書を出しました。『公益社団法人日本将棋連盟と各社が主催する棋戦で作られる棋譜は両者の共通の財産であり、棋譜の無断使用は両者の財産を損なう恐れがあります』とのことです。ここにある『共通の財産』というのが法的にどのような性質なのかが問題となります。

 

 やや専門的な話になりますが、まず思いつくのが著作権。しかし、通説的には将棋の棋譜には著作権が認められづらいのではないか、と考えられます」

 

――それはいままで、裁判で争われたことはないんですね?

 

杉村「そのとおりです。裁判で争われたことはありません。著作物とは思想や感情を創作的に表現したものであるので、対局という勝負の結果を記載すること、しかも、表現の形式も特に創作的ではない。棋譜は勝負の記録であって、思想や感情を創作的に表現したものとは言いづらいでしょうね。

 

 というわけで、棋譜に著作権がない可能性が高いとすると、では、誰もが何でも自由に棋譜を利用していいのか、という話になりそうですが……」

 

――そうとも言えない、ということでしょうか。

 

杉村「棋戦の主催者は、基本的にはお金を出すかわりに、プロ棋士による棋譜を独占的に掲載・配信できる権利を得ています。仮に棋譜が著作物でないとしても、スポンサーとしての一定の権利があることは認められると思います。その権利を侵害する場合、不法行為が認められる余地がないわけではないと考えられます」

 

――新聞社は棋譜を掲載することによって、将棋ファンに新聞を買ってもらう。そのために棋譜を生み出す棋士たちにお金を払う。これが明治以来の将棋界のビジネスモデルでした。そのシステムを崩す可能性がある行為は、やはり問題があるというわけですね。

 

杉村「先ほど述べたとおり、法的にも問題がある可能性もありますが、それ以上に、棋譜の利用が蔓延した結果、スポンサーが離れてしまったら、それは将棋界にとって大きなダメージですよね」

 

――はっきりダメだと言っているスポンサーもいますね。

 

杉村「はい。棋譜に関する権利を守ろうとするスポンサーさんもいらっしゃいますね」

 

――にもかかわらず、現状、YouTubeで棋譜配信をストレートにやっている人もいます。こうした行為はどうなのかと。

 

杉村「まず、有料でのみ配信しているコンテンツを同時並行的に配信する。これは違法である可能性が高いと思われます。利用規約違反であったり、場合によっては不正競争防止法違反であったり」

 

――ネット上で料金を支払って棋譜を見るサービスはいくつか存在しますね。そういうところで知り得た棋譜を流すのはダメだと。

 

杉村「では無料で見られる棋譜に関して配信をするのはどうか。これは『法的には違法である』と主張するのは難しいかもしれません。仮に将棋連盟が法的請求をした場合、負ける可能性もあると思われます。裁判で負けたら大ダメージですよね」

 

――なるほど。さて、最近話題になっているスタイルで『評価値放送』(あるいは『評価値配信』)と呼ばれるものがあります。これは棋譜をいっさい出さず、ソフトの予想手と評価値(ソフトの評価関数によって導き出される、形勢を表す数値)を流し続ける。それは問題がない……という認識でいいのでしょうか?

 

杉村「そのとおりです。前述した、スポーツ中継の映像をYouTube上で直接映すことなく実況することと同視できるでしょうね。AIの力を借りていますが、まったく問題ないでしょう」

 

――有料コンテンツの棋譜を見ながら評価値放送をする。それも問題ない?

 

杉村「問題ないです」

 

――棋士のなかには「正規のルートを踏んでないなら、私の棋譜は評価値放送で使ってほしくないです」とはっきり言う人もいます。何万人という同時接続者が集うチャンネルもあり、そこではかなりの収益が上がっていると推測され『それがなんだか納得できない』という関係者もいる。それについてはどうでしょうか。

 

杉村「1番組で20万~30万円くらいのスパチャが動いている配信もあるそうですね。フリーライド(ただ乗り)なのではないか、という批判をしたい気持ちはわかります。棋士の棋譜、将棋AI。どちらもその配信者は、単なる利用者ですからね。ただ、違法ではないでしょう」

 

――なるほど。杉村さんは棋譜の権利関係に詳しい弁護士さんである一方で、強豪将棋ソフト「水匠」の開発者です。ソフトが評価値放送に使われることについては、どうお考えですか?

 

杉村「最近、頭角を現してきたDL(ディープラーニング)系将棋AIのdlshogiがあります。その開発者の方は、自身のモデルファイルを使って評価値配信をすることを明確に禁止しています。私は特に禁止したいという気持ちはなく、自由に使っていただいてかまわないというスタンスです」

 

――ソフト開発者の皆さんはそうした点、わりとおおらかな人が多いという印象を受けます。めちゃくちゃ強いソフトを開発しても、フリーでダウンロードできるようにされてますし。

 

杉村「ただ『将棋界にも評価値配信が還元されてほしい』という気持ちもあります。なので、評価値放送の収益の一部を将棋連盟等の団体に寄付するならば、未公開の強い将棋AIを渡しますよ、という行動をとっています。公開済の評価関数はどう使っていただいても結構。強いものを先んじて使いたいなら寄付してねというスキームです。評価値放送においては、評価値の正確性というのはある程度重要だと考えられます」

 

――そういう方向性もあるんですね。

 

杉村「寄付に賛同いただいた配信者の方もいらっしゃいます。私としてはとても感謝しています。違法性がないので、評価値配信自体を止めることはできないですし」

 

――「公式サイドでも評価値放送をやったら?」という声もあります。そしたらみんな気持ちよくスパチャもできるのにと。それはどうでしょうか。

 

杉村「評価値放送というのは棋譜が見られないものですので、なんとなく、公式がやるのはいびつな気もしなくもありません。連盟が公式で棋譜中継をする。そこでスパチャも開放する」

 

――それは王道という感がありますね。ただ、現在では公式の中継でも、評価値から換算された「勝率」と呼ばれる数字が表示されています。解説者もしばしば「勝率」に言及する。それなのに非公式の評価値放送が需要があるのはどうしてでしょう?

 

杉村「一緒にコメントする場があるのがいいのでしょうね。あと、評価値配信は、評価値の他にも候補手など、データが豊富。人気の評価値配信だと、配信者のキャラクターも大事になっています。視聴者は二窓で見ていらっしゃるのでしょう」

 

――ありがとうございました。

 

取材・松本博文

 

( SmartFLASH )

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