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温暖化がもたらした「北極航路」中国が狙い始めた巨大利権に日本も食らいつけ
社会・政治FLASH編集部
記事投稿日:2022.03.28 11:00 最終更新日:2022.08.16 18:34
中国が、新たな海の航路である北極航路を狙っている。
中国が北極海に関心を示し始めたのは1996年に北極評議会(沿岸国のカナダ、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、ロシア、スウェーデン、アメリカの8か国で構成)が発足した頃だ。その時はまだ具体的な活動を起こすまでには至らなかった。
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動き始めたのは2013年だ。この年に日本、中国、インド、韓国、シンガポール、イタリアの6か国が北極評議会へのオブザーバー参加を認められたのである(2022年時点でオブザーバーは13か国に拡大)。
北極評議会は環境保護を最上の組織理念としている。
だが、全地球埋蔵量の25%に及ぶ石油・天然ガス、計り知れない量の多種多様な鉱物資源、豊富な漁業資源といった北極の自然資源および、ロシア沿岸に沿ってヨーロッパに至る航路や、アラスカ・カナダ沿岸に沿ってアメリカ大陸東岸に至る航路をめぐる、国家間の利権対立の調整組織でもある。
オブザーバーが参加したことによって、この北極評議会は、利権独占を狙う8か国と利権に入り込もうとするオブザーバー国との露骨な闘いの構図があからさまになったのだ。
もちろん、中国もその複雑な利権に分け入ろうとしてきた。最初に関心を寄せたのは、中国が西北航線と東北航線(北極航路)と呼ぶ2つの航路のうち、ロシア沿岸を通ってロッテルダムに至る、厳寒の北緯72度付近を通る東北航線の開発と実用化だ。
初めて一帯一路構想が発表された時にこの北極航路はその対象に含まれていなかったが、2015年には、一帯一路構想の追加修正版とも呼ばれる「シルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロード構想と行動」で海洋強国の建設には欠かせないとして、この北極航路を含む「一帯一路一道」構想がトップクラスの政策となった。
一方、中国の交通運輸部には大型船が無事に通過できる環境や救難体制が整備できるか不安視する声も当初はあった。
だが、2015年以降、温暖化によりさらに氷解が進んで50年までには北極海の氷は消失することで自由航行ができる公海が開かれる見通しにあること、海難事故などが起きた場合の救難体制の整備について北極評議会からの好感触が得られたことで拍車がかかった。
上海、青島、天津、大連から巨大貨物船が日本海を北上(船体によるが舞鶴港や新潟港は途中寄港地となろう)、カムチャツカ半島を左舷に見て、ヨーロッパ貿易の海の玄関口ロッテルダムへとつながる航路の開通。
中国の雑貨や中間工業材などを運んで、帰り荷として中東そのほかの地域から工業原材料やヨーロッパの食品や先進工業製品などを運んでくる利益は想像を絶するだろう。
さらに中国は、この航路にマラッカ海峡やスエズ運河に災害や紛争などが起きた際の非常用航路としての利用や、5000キロの距離短縮がもたらす輸送コストや海賊リスクの大幅な軽減にも期待をかけている。
中国は南極に2つの基地を持ち、極地航海の経験も豊富だ。2018年には、長さ123メートル、幅22メートル、速力12ノット(時速22キロメートル)、排水量1万4000トンという世界最大の60日間無寄港航海が可能な砕氷船「雪竜2号」を自作建造し、就航させた実績もある。
いつでも、西北・東北いずれの北極航線にも出航可能な準備は整っていると言えるだろう。やがては北極の西北航線が全面開通し、中国や日本、韓国の貨物輸送船が群団を組むように海を行き交い、群団の合間を縫うように10万トンはあろうかと思われるクルーズ船が進む光景が広がるのも夢ではない。
こうして中国がヨーロッパと結ぶ輸送路は陸路、航空路に海路を加えた3本立てが完成する。交通の選択肢が豊富になることによって、モノとヒトの往来は飛躍的に増え、中国の地位は一段と高まることになろう。
では、日本はどうすればいいのか。
北極航路については、温暖化が進んで氷が解ける海域が広がったとはいえ、まだ砕氷機能のある特別な船舶や避難方法の準備、気象観測機器や専門知識を持つ船員の確保を欠かすことができず、そのほかの航路に比べて別のコストがかかるだろう。
ただ、メリットははるかに大きそうだ。
北極航路を利用すれば、日本からオランダのロッテルダムまで2万2000キロメートルにわたるマラッカ海峡スエズ運河経由の航路に比べて、距離が1万4000キロメートルに短縮される。船会社にとっても荷主にとっても、時間短縮と燃料・その他コスト節約の魅力は非常に大きい。
マラッカ海峡を通過してスエズ運河を渡り切るまで、海賊やテロのリスクが一向に収まる気配を見せていないのも現実だ。特にソマリア沖の海賊は各国の悩みの種となっている。しかし北極航路には、その心配がない。
北極航路はロシアのEEZ内を通過することになるから、この方面でロシアからは、航行の安全性確保や現地の正確な気象情報提供などの支援を得なければならない。日本は北極評議会のオブザーバー国の一員として、世界最高レベルの船舶技術や航海技術を駆使し、独自の航路開発に進むべきだし、それができる能力があろう。
北極航路こそ、日本が存在感を示しうる分野なのだ。
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以上、高橋五郎氏の新刊『中国が世界を牛耳る100の分野 日本はどう対応すべきか』(光文社新書)をもとに再構成しました。中国が牛耳る世界を見据え、日本ができる「現実的な対応」について検証します。
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( SmartFLASH )