「東京都が想定した被害者数は少なすぎます」
京都大学の鎌田浩毅名誉教授(地球科学)がこう憤る。5月25日、東京都は首都直下地震の被害想定を10年ぶりに見直した。
都心南部にM7.3の直下型地震が起きた場合、死者数はおよそ6150人になるとして、前回の9641人よりも約3割少なく想定したのだ。
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「都は、建物の耐震補強が進み、全壊戸数が減少することを死者数が減少する理由に挙げています。しかし、この想定では高速道路やビルなどの都市のインフラが、老朽化していることが考慮されていません。10年前よりも首都圏の人口密度は高まっており、被害者数は前回並みか、むしろ多く見積もるべきです」
首都直下地震はいつ起きるのか。東北大学災害科学国際研究所の遠田晋次教授が、そのメカニズムを解説する。
「東日本大震災のような2つのプレートが押し合って発生する『プレート境界型』の地震は、発生のメカニズムや歴史的な記録があり、発生時期についてある程度予測することが可能です。また、阪神・淡路大震災や熊本地震、立川断層帯のような『活断層型』の地震は、活動状況を調査することができます」
しかし今回、東京都が想定した首都直下地震は、そうした予測や調査をおこなうことが難しいタイプだという。
「都が想定しているのは、フィリピン海プレートの内部の断層が動き、発生する地震です。このパターンの地震の場合、実際に歪みがどのくらい蓄積されているのか、現在は調査ができません。あくまで過去の発生頻度を考慮したうえで、『今後30年以内に起きる確率は70パーセント』と、発表しているにすぎないのです」
つまり首都直下地震は明日起こるかもしれないし、50年後に起こるかもしれないのだ。
しかし、一方で“確実”に起こる巨大地震があるという。前出の鎌田名誉教授が語る。
「南海トラフ地震は、2035年から前後5年の間に確実に発生します。南海トラフ地震の震源域は東海、東南海、南海と3つに分かれています。このうち、東海地震の震源域が確実に動くとみています」
2030年代、最短で8年後には巨大地震が起こりうるのだ。
「南海トラフでは、1944年の東南海地震(M7.9)、翌1945年の三河地震(M6.8)、1946年の昭和南海地震(M8.0)が発生しています。しかし、東海の地震震源域での地震は1854年から起きておらず、約170年ぶんのエネルギーが溜まっています。東海、東南海、南海の震源域が連動して、東日本大震災と同規模であるM9.1の巨大地震が確実に起こります」(同前)
■東日本大震災で噴火スタンバイ状態
この地震が誘発するのが、富士山の大噴火だ。火山学の権威でもある鎌田氏が続ける。
「富士山は東海地震の震源域のすぐ北にあります。じつは、富士山は東日本大震災によって刺激され、マグマ溜まりの天井に“ヒビ”が入り、噴火の“スタンバイ状態”にあるのです」
地震でマグマの中に約5パーセント含まれる水が揺らされて水蒸気になると、水よりも1千倍も体積が大きい水蒸気は、マグマ溜まり内に留まることができず、噴火に至る。
前出の遠田教授が解説する。
「地震で地面が揺さぶられる際、内部の圧力が高まって、マグマの中に溶けた揮発性のガスが噴出するという説もあります。ビールの泡が噴き出すのと同じ原理です」
富士山が最後に噴火したのは、1707年の宝永噴火だ。現在も中腹に噴火口が生々しく残るが、以来300年以上噴火していない。鎌田名誉教授が語る。
「宝永噴火の前も、富士山は200年間も沈黙を守っていました。それまでの富士山は、50年から100年の周期で噴火を繰り返しています。現在は、明らかにマグマが溜まりすぎで、宝永噴火のときと状況が似ています」
東日本大震災が富士山を不安定にし、南海トラフ地震に連鎖する「チェーン噴火」へと繋がるわけだ。
「東日本大震災の後、日本列島にある111の活火山のうち20の火山の直下で、マグマの周辺が不安定になって起こる『火山性地震』が頻発したのです。富士山でも、3.11の4日後にマグマ溜まりの上で地震が発生しました。また箱根山、草津白根山、阿蘇山など、実際に噴火した山もあります」(同前)
遠田教授も事例を挙げる。
「1991年に起きたフィリピンのピナツボ火山の巨大噴火は、噴火の少し前に、付近の活断層で地震が起こっているという指摘があります」
地震と噴火が連鎖することについて、武蔵野学院大学の島村英紀特任教授(地球物理学)が語る。
「富士山では、宝永噴火の49日前に、南海トラフ地震である宝永地震が発生しています。今年5月24日、北アルプスの焼岳の噴火警戒レベルがレベル2(火口周辺規制)に引き上げられました。以前から長野県や岐阜県の県境など、焼岳の周辺で地震が頻発しています。地震によるチェーン噴火が起こることは、十分にありえます」
300年ぶりの噴火となれば、東京に降り積もる火山灰も大量になることが予想される。
「火山灰はガラス状の粉です。コンタクトレンズを着けている方は、目に火山灰が入ると角膜を痛めてしまいます。交通機関や上下水道、金融機関などのコンピュータ、高層マンションのエレベーターも停止してしまう恐れがあります。ライフラインは壊滅するでしょう」(同前)
地震が誘発する富士山大規模チェーン噴火。悪夢の連鎖が、地中深くで今も進行中なのだ。