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昭和天皇と今上天皇「教育」「伴侶」「治療」こんなに違う社会・政治 投稿日:2017.04.16 06:00

昭和天皇と今上天皇「教育」「伴侶」「治療」こんなに違う

『写真:日本雑誌協会』

 

 昭和から平成。時代が大きく変わったように、天皇陛下のご振舞いも大きく変化した。国民に帽子を振りご挨拶されていた昭和天皇に対し、今上天皇は、ひざまずいて一人ひとりの声に耳を傾けられる。

 

「平成3年、雲仙・普賢岳噴火のお見舞いで、陛下が初めて膝をつかれたときには、『これは天皇の姿ではない』という声が庁内で上がりました。当時の国民や職員にとっては、昭和天皇のお姿こそが、天皇像だったんです」

 

 昭和から平成の御代替(みよがわり)時に報道担当だった、元宮内庁職員で皇室ジャーナリストの山下晋司氏が語る。

 

 大日本帝国憲法下の最後の天皇として、戦争を体験され、終戦で「現人神(あらひとがみ)」から「象徴」となられた昭和天皇。そして、戦後の新憲法下で「象徴天皇」像を模索されてきた今上天皇。2人が体現する天皇像は、大きく異なっている。それはまさに、時代の違いでもあった。

 

 たとえば、幼少期の教育を見てみよう。

 

「昭和天皇は、生後70日で親元から離され御養育掛に預けられました。学習院初等科に入ると、学習院院長だった乃木希典(陸軍大将)の教育を受けます。初等科卒業後は、昭和天皇のために新設された東宮御学問所で、華族の子息5名と一緒に学ばれました。

 

 今上天皇の場合は『ご級友』と言ったほうが正確ですが、昭和天皇は、まさに選抜された『ご学友』をお持ちでした」(皇室研究家・高森明勅氏)

 

 今上天皇の時代は御学問所が廃止され、学習院で一般家庭の男子とともに学ばれた。終戦後は「西洋の思想と習慣を学ぶ」という昭和天皇の教育方針により、アメリカの児童文学者、ヴァイニング夫人を家庭教師に招いて教育を受けている。

 

「これにより、今上天皇は人間には『自由』があることを、観念ではなく体験で知りました。昭和天皇は、亡くなるまで天皇以外の人生はないと思っていましたが、今上天皇は『天皇以外』の生き方を学んだのです」(高森氏)

 

■「開かれた皇室」像を決定づけた結婚生活

 

「天皇制に(民主主義との)矛盾をいちばん感じていたのは、昭和天皇なんだ。それを当時の吉田茂総理に、質問しているほど。そこで吉田総理は、慶應の塾長を務めた小泉信三を、皇太子だった今上天皇の、もう一人の教育係にした。そこで小泉は『開かれた皇室』を主張した。その象徴こそ、民間出身の正田美智子さんとの結婚だった」(ジャーナリスト・田原総一朗氏)

 

 昭和天皇の皇后は、宮家である久邇宮家の出身。伴侶にも違いが見て取れる。さらに子育ても、今上天皇は歴代天皇と一線を画し、初めてお子様をご自身のお手元で育てたのである。

 

「昭和天皇も、子供と一緒に暮らしたいというお気持ちはあったのですが、当時はそれができませんでした。今上天皇がご自身のお手元で子育てできたのには、当然、昭和天皇の後ろ盾があったはずです」(山下氏)

 

 平成に入り約30年、科学技術も大きく進歩した。このことが、2人にも大きな違いをもたらした。ともに「ガン治療」を経験されているが、その治療法や医療技術には確たる差がある。

 

「昭和天皇は、歴代天皇で初めて手術を受けられました。しかし当時、開腹はしたものの、ガンへの効果的な処置はできませんでした。今なら、MRIで早期発見し、抗ガン剤や免疫療法で対応することもできたかもしれません。一方、今上天皇は『インフォームド・コンセント』が浸透した現代の医療をお受けになりました。自身の体の状態を知ったうえで、前立腺を全摘出され、完治を目指されたのです」(医師で作家の篠田達明氏)

 

■受け継がれる昭和天皇の「決意」

 

 異なる環境で天皇の職務を務められてきた2人だが、前出の高森氏によれば、根底に流れる考え方は、共通しているという。それは、国民に寄り添いたいという強い決意だ。「平成流」の印象が強い被災地お見舞いも、じつは昭和天皇から受け継がれたものだった。

 

「昭和天皇は、昭和22年のカスリーン台風や、昭和62年の伊豆大島噴火後に、被災地を見舞っておられます。そしてその原点は、終戦直後の全国巡幸です。当時は交通事情が悪く、食べ物や宿泊施設がないなかで、小学校の教室に布団を敷いてお休みになったりしながら、ご巡幸されたのです。こうした活動は今上天皇にとって、大きなヒントになったはずです」(高森氏)

 

 2人の天皇陛下は、時代ごとの国民の要請に、可能な限り応えてこられた。今上天皇は、平成10年のお誕生日の記者会見でこう語っている。

 

〈このような時には「昭和天皇はどう考えていらっしゃるだろうか」というようなことを考えながら、天皇の務めを果たしております〉

 

(週刊FLASH 2017年3月28日、4月4日号)

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