社会・政治社会・政治

ガーシー取材記を出版した元朝日新聞記者が吐露する古巣への“憂い”「メディアは“いかがわしいもの”と対峙すべきだ」

社会・政治 投稿日:2023.04.17 20:35FLASH編集部

ガーシー取材記を出版した元朝日新聞記者が吐露する古巣への“憂い”「メディアは“いかがわしいもの”と対峙すべきだ」

大学の卒論のテーマとした場所、新宿・歌舞伎町に立つ伊藤氏(写真・保坂駱駝)

 

「僕にとって『朝日新聞記者』は“天職”でした」

 

 そう胸の内を吐露するのは、朝日新聞元ドバイ支局長の、伊藤喜之氏(38)だ。松山総局で記者生活をスタートし、東日本大震災後に南三陸駐在、そして大阪社会部に移り暴力団事件を担当後、2020年にドバイ支局長となる。

 

「エリートどころか、入社1、2年めは落ちこぼれ記者でした。それでも上司に育ててもらって、なんとかやってこられたんです。まだ誰も書いていない独自ダネにこだわってきた。やっぱり他社で書かれたらゲンナリするタイプなんで。朝日で自由に書かせてもらえたことには感謝しています」

 

 

 そんな記者魂あふれる伊藤氏だったが、2022年8月をもって朝日新聞を退職することになる。きっかけは、同年4月、前参議院議員で現在は国際手配中の「ガーシー」こと東谷義和容疑者を取材し、記事の掲載をめぐって上司と対立したことだ。伊藤氏がその顛末を語る。

 

「ガーシー氏は2022年2月以来、YouTubeチャンネル『ガーシーch』で、芸能人の異性関係や犯罪行為などを暴露して、注目を集めていました。そのガーシー氏が、僕の駐在先であるドバイにいるという情報が入ってきた。リスクは多少あっても、物議を醸す人物を取材するのが記者だと思いました。

 

 ガーシー氏は、ひとことでいえば『無垢』な人物。思いこむと、バーッと実行してしまうところがあって、だから、ああいう極端な振れ幅が生じてしまう。一面では、漫画『ワンピース』の主人公・ルフィのような、『仲間は絶対に守る』といった善良さを持つ一方で、たたくときは相手の妻や子供までたたく、悪辣な人にもなる。そして、ドバイの彼の周辺には、元ネオヒルズ族など、一度、失敗し、どん底から這い上がろうとする仲間がいました。まるで『梁山泊』のようなその世界にも、興味をひかれました」

 

 2022年4月からガーシー容疑者に密着取材を始め、同年5月中旬にインタビュー原稿を書き終え、上司であるデスクに提出したが、最終的に返ってきた答えは「東谷氏の一方的な言い分はのせられない」というものだった。

 

「僕は最初から、ガーシー氏に『味方にはなれませんよ』と言って取材しているんです。『芸能人の暴露に罪悪感はないか』『なぜ日本で出頭しなかったのか』とか、彼が嫌がる質問もしている。記者と取材対象者に求められる緊張関係は維持すると、肝に銘じていました。それは政治家の番記者と一緒でしょう。むしろ、あっちのほうがほとんど批判もせずに、癒着と紙一重のようなことをしているんじゃないですか。

 

 デスクの説明に納得できないので、新聞での掲載が厳しいなら、朝日新聞出版の週刊誌系のオンラインサイトでの掲載はどうかとも提案しましたが、やはり『掲載不可』という答えでした」

 

 もともと、いずれ会社を辞めて作家として独立したいと思っていたが、予定より5年ほど早い決断となった。

 

「結局、辞めることになりましたが、朝日に恨みはないんです。あえていえば“憂い”ですね。朝日はこの程度の記事も出せなくなったのか、という情けなさといってもいいかもしれません」

 

 古巣に対し、愛憎入り混じる様子の伊藤氏は、2023年3月17日、新聞に掲載できなかったインタビュー原稿を含めたガーシー容疑者らへの取材記『悪党 潜入300日 ドバイ・ガーシー一味』(講談社)を刊行した。

 

 すると3月28日、朝日新聞は公式サイトで「取材情報などの無断利用に抗議しました」と題する文書を公開。対象となったのは、伊藤氏と、著書の発行元である講談社。朝日新聞社は、同書の内容を「取材情報の無断利用」とみなし、さらに「誤った認識や臆測に基づく不適切な記述などの問題が認められた」として、両者に相応の対応を求める書面を送付したのだ。

 

「朝日の抗議で真っ先に感じたのは、『過去の対応とまったく違う』ということです。OBには、鮫島浩さんや樋田毅さんなど、朝日の“裏側”を書いた人がほかにもいる。僕が『悪党』で朝日について書いたのは、3ページぐらい。しかも相当、抑えて書いたので、逆に元上司や同僚からは『もの足りない』という感想が聞こえてきたほどです。そもそも僕がなぜ朝日を辞めたのか、その経緯を最低限、説明しないと、読者は納得しないと思ったから言及したわけで、朝日批判を主眼にしたわけではありません。

 

 それなのに、私の本に対する抗議文だけ、サイトで公表されたのには納得がいきません。在職中に取材した情報は、本社との雇用契約における守秘義務の対象であり、正当な理由なく、ほかに漏らしてはならない、と指摘されました。当然ですが、本に掲載したインタビュー原稿は、物議を醸していたガーシー氏の考え方を知れる、という高い公益性があり、それが『正当な理由』に当たると考えています。また、私がコソコソと在職中に取材して、退職してから出したものではなく、きちんと朝日の媒体で出す努力もしたわけですから」

 

 伊藤氏は、暴露の内容やその手法の是非はともかく、ガーシー容疑者の登場は、時代の変化を象徴するものだという認識を示す。

 

「ガーシー氏にインタビューをしたいちばんの理由は、彼自体がとても興味深い現象だと思ったからです。とくに2022年2月、『ガーシーch』を始めたときは“ひとり週刊誌”状態で、一時的だったかもしれませんが、たったひとりの人物が、ある意味、新聞や雑誌、テレビよりも影響力を持っていました。

 

 ほかにもYouTuberのコレコレ氏や、Twitterの滝沢ガレソ氏など、SNSを駆使した個人の情報発信はどんどん盛んになっています。この傾向は、たぶんずっと続くわけで、メディアの世界にパラダイム・シフトが起きているのはたしか。ガーシー現象は、既存メディアである新聞が絶対に取り上げるべき、メディア論のテーマだったんです」

 

 ところが、伊藤氏の訴えに会社が耳を傾けることはなかった。

 

「朝日はあぐらをかきながら、コレコレ氏やガーシー氏のような個人発信者をバカにしている。なんらかの後追い記事を出す場合、いまでこそ『週刊文春によると』というふうに、ソースを示すこともたまには出てきましたが、滅多にありません。最初に報じたメディアや個人をリスペクトせず、まったく言及しない姿勢は、新聞の時代錯誤と傲慢ぶりを世間にさらしています。

 

 ガーシー氏の暴露についても、『裏取りが十分じゃない』などとの声がありますが、たしかにそういう部分はあっても、ガーシー氏が既存メディアに突きつけたものは無視できないはずです。これに対し、朝日は『ガーシーって大丈夫なの?』という感じの“ふわっとした”判断で、『アウト』にしました。そうやって、時代の変化を直視しないまま、なんとか新聞の延命を図ろうとしている。それはメディアとして自殺行為ですよ」

 

 さらに伊藤氏は、メディアの使命について持論を語る。

 

「いまの朝日は、いわばパターン化した安心・安全な記事を量産しています。私も上司に説得されて書いてしまったことがありますが、『英語の必勝勉強法』とか、PV(記事へのアクセス数)やCV(記事などの購入)が稼げる記事を、安易に求めてくる面があります。なんのハレーションも生まない代わりに、驚きや新鮮味はない。

 

 大学の卒論で、私は新宿・歌舞伎町を取り上げました。あの一帯は、終戦直後、テキ屋の親分が仕切った闇市が発展して、形成されました。その後、多くのヤクザ組織が縄張りを作り、欲望渦巻く日本一の歓楽街となりました。法治国家なので犯罪行為には厳然と対処すべきですが、世の中は“いかがわしさ”みたいなものも含めて、成り立っているというのが私の認識です。メディアも、ある種、いかがわしい、得体のしれない現象とつねに対峙すべきだと思います。かつては、正統から外れる原稿を書いても面白がってくれるデスクがいて、うまくさばいて記事にしてくれましたが、いまは、そういう人や発想が少なくなったと感じます」

 

 既存メディアに漂う停滞感を払しょくするには、従来のパターンには収まらない、新しい現象に積極的に向き合う姿勢が必要かもしれない。

( SmartFLASH )

社会・政治一覧をもっと見る

社会・政治 一覧を見る

今、あなたにおすすめの記事