社会・政治
習近平が進める気象コントロール大作戦「青海湖を拡大せよ」
この夏、中国の西端に位置する青海省を訪ねた。折から夏休みということで、子供連れの観光客で大賑わいであった。北京や上海と違い、人口も少なく、環境も悪くない。美しい自然の風景に圧倒されたが、外国人はほとんど見かけなかった。
北京では気温が40度近かったが、省都・西寧に着くと、なんと10度という肌寒さ。年間平均気温が13度というから、避暑地としては最高だろう。
青海省を訪ねたのはワケがあった。「中国最大の湖である青海湖が変身している」とのニュースに接したからだ。海抜3200mにある周囲360kmの内陸塩湖であるが、数年前まで水量が激減し、「このままでは干上がってしまう」との恐れが出ていた。
1960年代には108もの河川が湖に流入していたが、2005年になると地球温暖化の影響もあり、23に激減。河口部の85%が干上がってしまい、水位の低下が危機的となった。
ところが、この数年、青海湖の面積が急速に拡大し、2005年と比べて湖の面積は100平方km以上も広がり、現在は過去最大の4436平方kmになったという。これは香港の面積の4倍に当たる。どうしてこんなことになったのだろうか?
現地で説明を聞いて驚いた。習近平国家主席の鶴の一声で、「青海湖を環境保護の先進地域にすることが決まった」というのだ。
そして、消滅の危機が懸念されていた湖を復活させるために、人工降雨の技術をフルに活かして、夏場の降水量を飛躍的に増やしたとのこと。
確かに目の前に広がる湖は地平線の向こうまで続き、あたかも大海のようである。文革の頃、「愚公山を移す」といって目の前の山をコツコツと切り開いた農民が国民の英雄として称えられたものだが、今や、科学技術で湖を再生させることに成功したのだ。
そういえば、中国では砂漠化がもたらす水不足を補うため、国家気象局がヨウ化銀を搭載した小型移動式ロケットを打ち上げ、世界最大の人工降雨オペレーションを展開している。
北京オリンピックの開会式を晴天の下で挙行するため、北京に近づく雨雲にヨウ化銀を含む小型ロケットを1100発以上発射し、事前に雨を降らせた。その効果は抜群で、開会式も閉会式も快晴に恵まれた。
現在、アメリカやロシアなど世界52カ国が気象コントロール技術の開発、実践に熱心に取り組んでいる。なかでも中国は巨額の国費を投入し、世界一の人工降雨大国の道を突き進んでいるようだ。
その成功事例として盛んに宣伝されているのが、青海湖にほかならない。実際、遊覧船に乗り、広い湖を観察すると、エメラルド色に輝く水面は神秘的であった。「湟魚」と呼ばれる小ぶりの魚が特産品であるが、かつて絶滅の危機に瀕していると言われたにもかかわらず、間近に群れをなして泳いでいる姿を確認できた。
しかし、人工降雨のために大量に放出されているヨウ化銀が動植物に影響を及ぼさないはずはない。監視員の説明では「青海湖に生息する鳥の種類は増えている」とのことだが、食物連鎖の観点から心配になる。「獲れたて」という湟魚を食べたが、そのことが気になり、いま一つ味を満喫できなかった。
(写真・文/国際政治経済学者・浜田和幸)