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「宗男議員の秘書」ムルアカ氏が急逝 本誌カメラマンと「異種格闘技戦」の過去、死去1カ月前にはあいさつも

社会・政治 投稿日:2023.09.05 19:20FLASH編集部

「宗男議員の秘書」ムルアカ氏が急逝 本誌カメラマンと「異種格闘技戦」の過去、死去1カ月前にはあいさつも

2003年1月、ムルアカ氏の自宅にて。本誌担当編集も失礼ながら、腹にパンチを入れさせていただいた(写真・田中昭男)

 

 参議院議員・鈴木宗男氏の秘書を長く務めたジョン・ムウェテ・ムルアカ氏が8月30日、羽田空港からトルコ・イスタンブールに向かう機中で急死した。搭乗から数時間後に体調が急変し、同乗していた医師の治療を受けたが、心肺停止が確認されたという。ムルアカ氏は心臓の持病のため、ペースメーカーを装着していた。

 

 2003年1月、あっせん収賄容疑で逮捕された鈴木宗男衆院議員(当時)の私設秘書をしていたムルアカ氏がプロ格闘家としてデビューすると聞き、本誌は神奈川県の山中の家を訪ねたことがある。

 

 

 ムルアカ氏は現在のコンゴ民主共和国出身。当時、本誌のインタビューで「5歳のときから空手を始め、3段。ほかにも柔道やテコンドーなどさまざまな武道の経験があります」と語っていた。格闘技に造詣が深く、強靭な体の持ち主で、注目していたK‐1ファイターはジェロム・レ・バンナ、ボブ・サップは「まだまだ素人です」と笑っていた。

 

 そこで、ボクシングを始めて5年になる本誌カメラマンと、なぜか場のノリで「異種格闘技戦」をすることに。そのときの様子を、本誌カメラマンが振り返る。

 

「1発めはノーモーションで、右ストレートをボディに打ち込みました。そうしたら、とんでもなく硬い腹筋で、僕が手首をくじきそうになりました。悔しかったので、次は腕を後ろに引いてから叩き込みました。ビクともしないので、連続で5、6発。さすがにマネージャさんから『もうそろそろ……』とストップが入りましたが、懐かしい思い出です。彼の体は、まるで硬いゴムのようでした」

 

 当然、ムルアカ氏のボディにはダメージを与えることができなかった。

 

 ムルアカ氏の訃報を受け、鈴木宗男氏も自身のブログに《昨夜8時47分、飛行機が飛び立つ前『これから行ってきます。本当に有難うございました。いろいろお世話になり感謝しています』これが最後の会話となってしまった。何という世の無常かと、ただただ涙が流れた》と、その悲しい気持ちをつづっている。

 

「ムルアカさんは、祖国で電磁波などを研究していて、1985年に来日しました。鈴木議員が逮捕されて仕事を失いましたが、『大学教員に戻りたい』という熱意は忘れず、ほどなくして日本の大学に勤務することができました。同時に、鈴木議員の私設秘書も続けていて、鈴木議員は『日本人以上の日本人精神、義理、人情、恩義を忘れない男だった』とつねづね、語っていました」(国会関係者)

 

 8月1日、本誌記者は別件で鈴木議員にインタビューすべく議員会館を訪れた際、ムルアカ氏の姿を見かけている。ムルアカ氏は「おはようございます」と、本誌記者に椅子から立ち上がってあいさつをしてくれた。久しぶりにお会いした形で、少し疲れている様子にも見えたが、まさか、こんなことになるとは思ってもいなかったというのが正直な感想だ。ご冥福をお祈りする。

( SmartFLASH )

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