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「岸田首相の“新年会ハシゴ”が能登地震の被害を拡大。災害でも自己責任、日本はおかしい!」【泉房穂の「ケンカは勝つ!」第29回】

社会・政治FLASH編集部
記事投稿日:2024.01.17 06:00 最終更新日:2024.01.17 06:00

「岸田首相の“新年会ハシゴ”が能登地震の被害を拡大。災害でも自己責任、日本はおかしい!」【泉房穂の「ケンカは勝つ!」第29回】

1000年以上続いているという輪島市の朝市通りが壊滅。通りから少し離れた所に立っていた、輪島塗の老舗「五島屋」のビルも倒壊した

 

 被災者を何がなんでも救う――能登半島地震発生直後、岸田文雄首相はまず、そう発信すべきやった。「俺が責任を取るから、被災者を助けるためなら、前例にとらわれずやれ」と言うべきやった。

 

 今回の政府の対応はあまりに遅い。そして投入する人もカネも少なすぎる。被災者に「自助」を求めるのは酷。災害時こそ「公助」の出番なのに、政治が機能していない。

 

 

 ドイツの社会学者、マックス・ウェーバーは、政治家に必要な三要素として「情熱」「判断力」「責任感」を挙げた。今回、岸田首相にいちばん足りないのは情熱。つまり、被災者への愛です。

 

 次に足りないのは判断力。判断のためには現場目線が必要。防災服を着て、官邸で「やってるふり」をしても、被災地の状況はわからん。首相自ら現場に行くかどうかは別にして、もっと情報収集をして被災者のニーズに合わせた対応をすべきやった。

 

 人命救助は災害発生から72時間が勝負といわれるが、実際には120時間を過ぎて救出された人もおる。もっと多くの自衛隊員を派遣していれば、助かった人もいたはずや。

 

 岸田首相には責任感もない。今回は真冬の雪国で起きた災害やから、これまでとは違う対応が必要やった。しかし、岸田首相は責任を取りたくないから官僚に言われるがままに動いた。岸田首相の政治家としての資質の欠如が、被害を大きくした。

 

 私自身、被災者への思い入れは強い。じつは私も、1995年1月の阪神・淡路大震災では被災した当事者。当時、東京に住んでいた私は、実家に飛んで帰ってしばらく明石で暮らした。私も生活者として自助を経験した。

 

 1995年は、司法修習生になった年。当初、研修地は奈良やったけど、急遽、神戸に変更してもらって自分の家から通うようにした。

 

 研修所ではボランティア・サークルを立ち上げ、GWには30人ほどの司法修習生を引き連れて地元神戸に戻り、仮設住宅向けの生活便利マップ作りを手伝った。被災地まで足を運べない修習生には、義援金のカンパを呼びかけ、100万円くらいを募って寄付した。身をもって共助を実践したわけや。

 

 公助にも携わった。1998年にできた被災者生活再建支援法がひどい法律で、基本は「被災者の自己責任」という発想やった。被災者への支援金額は最大100万円。しかも、タンスを買うのはかまわんけど、住宅再建には使えないという理解不能なもの。

 

 そこで、2003年に国会議員になると、その改正法案を作った。支援金額を最大500万円にし、使い道を住宅再建にも広げるという内容。最終的に、支援金額は300万円になったが、支給は個人ではなく世帯単位になった。だから、DVから逃れて別居している人は、支援を受けられない可能性がある。被災者に寄り添うという点ではまだ不完全や。

 

 結局、日本は災害に遭った人でも、自己責任を求められる国ということ。でも、「すぐに潰れるような家に住んどるお前が悪い」と、被災者を突き放すのはおかしい。災害のときこそ公助。公が責任を持って支援すべき。

 

 被災者への住宅支援は300万円にとどまる一方、仮設住宅を造る業者にはなんぼでもカネが出る。しかも、通常より単価が高い。今回の地震でも、被災者が寒空の下、ひもじい思いをしとんのに、よそから来た建設業者が焼け太りすることにもなりかねん。

 

 2011年3月に東日本大震災が起こった直後、私は明石市長になった。震災で大きな船が陸に打ち上げられる被害があった宮城県気仙沼市に対し、明石市が直接的に支援する担当となり、気仙沼市に長期間、職員を派遣したり、明石市の市バスを贈ったりした。市長として公助を実践した。

 

 2016年4月の熊本地震のときも、私はすぐ熊本に飛んで行って何が欲しいかと聞いた。「人手よりも経験あるスタッフが欲しい」と言われたので、震災にもっとも詳しい災害担当の職員を派遣し、ボランティアのコーディネート役をやってもらった。

 

 優先すべきは被災地のニーズ。必要ないものを勝手に送るのは迷惑で、ただの自己満足。阪神・淡路大震災でも問題になったように、着古した服や賞味期限切れの食品なんていらない。とにかく、被災地の声を聞くことが必要。

 

 これは地震の被害ではないが、2017年10月に明石市の大蔵市場で30軒余りが全焼する大火災があった。私は明石市長として、すぐに近くの小学校の校舎を開放することを決め、保健室や児童クラブの部屋を提供した。

 

 体育館に避難させて、「段ボールにくるまっとけ」では終わらない。大事なのは、被災者に居心地のいい場所を提供すること。それで保健室など暖かい部屋を開放し、50人くらい避難してもらった。

 

 避難者には、その場で2万~3万円の現金を渡した。普通なら現金を渡す手続きに1週間ほどかかるが、すぐに渡せと指示した。みんな着の身着のままで避難しているから、お金なんて持っていない。

 

 それに、みんなもう呆然として何をしたらいいかわからん状態。心のケアも必要やから、保健師の資格を持つ職員らを一対一でつけた。

 

 避難生活でも、もちろん歯は磨く。でも、歯ブラシを持って避難してくる人なんかおらん。だから、職員に歯ブラシと歯磨き粉をコンビニに買いに行けと指示した。困っている人に手を差し伸べるのが行政の仕事というもんや。

 

 その後は、いつまでも教室にはおれんから公営住宅などを開放して移ってもらった。これも例外措置で、即やれと指示した。これこそ公助であり、トップができること。

 

 元日から大災害に襲われて困窮する国民が大勢いるのに、首相は呑気に新年会をハシゴ。これでは国民は安心できんでしょうな。まさに災害時こそ、政治家の真価がわかるんです。

( 週刊FLASH 2024年1月30日号 )

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