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「弁護士として、無報酬でもサラ金と闘った。弱者のためでもまわりは呆れた」【泉房穂の「ケンカは勝つ!」第33回】

社会・政治 投稿日:2024.02.14 06:00FLASH編集部

「弁護士として、無報酬でもサラ金と闘った。弱者のためでもまわりは呆れた」【泉房穂の「ケンカは勝つ!」第33回】

 

「冷たい社会を優しい社会にしてみせる」。10歳のころ、家は貧しく、障害のある弟が差別され、それが悔しくて空を見上げて誓った。

 

 これが、私が政治家を志した第一の原点としたら、第二の原点は、政治の恩師である故・石井紘基さん(元民主党衆議院議員)に、強くすすめられて弁護士になったこと。

 

 

 もともと法律なんか嘘ばっかりと思っていて興味もなかったけど、今は石井さんにほんまに感謝している。

 

 今読んでも、弁護士法の第一条は美しい。「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」。基本的人権の擁護とは「人助け」。社会的正義の実現とは「世直し」。つまり「世のため人のため」。臭いけど、それは私の志でもある。

 

 弁護士になって最初に手がけたのが、ある空き巣事件の刑事弁護。犯人は14件の空き巣に関わったことを白状したが、警察が立件しようとしたのはわずか2件だけ。警察は「全部、立件するのは大変」という姿勢。私は、「あんたらの仕事はなんや!」と言うたった。どうして被害者が大勢いるのに放置するんか。

 

 私は14件の被害者の自宅をすべて順々にお詫びしてまわり、一人残らず示談を取りつけた。14件のうちの2件だけちょこちょこやっても、被害者のためにも、犯人自身のためにもならん。その後、犯人は二度と罪を犯すことなく、まっとうに暮らしとるらしい。

 

 まわりの弁護士は、そこまでする私に唖然としてたわ。彼らからすれば、私はどうかしてるんやろね。

 

 知的障害の方が、交通事故に遭った事件も担当した。障害のために医者がうまく話を聴き取れず、診断書が書けないために保険金をもらえないというケース。もちろん、障害の有無を問わず、保険金は支払われなければならん。

 

 私は周辺の支援者などに、事故の前は普通に歩けたのに、今は足を引きずるようになったと証言してもらった。結果、事故が原因ということになり、保険金が下りた。

 

 このときは、弁護士報酬をもらわなかった。私は、弱者からはお金を取らない。自腹を切ってでも弁護する。

 

 弁護士のなかには、サラ金に味方する人もおるけど、私は徹底的に闘った。

 

 たとえば、返済の追い込みをかけてくるような業者には、事務所全員で一日中電話をかけまくった。向こうは「やめてください。仕事になりません」と泣きを入れてきたが、「お前らがやってることと同じや」と突っぱねた。

 

 過払い金の返還請求も徹底的にやった。普通、弁護士は100万円ぐらいの案件から着手する。弁護士報酬は2割程度が相場で、5000円の案件なら報酬がほとんど出ないから、誰もやろうとしない。

 

 でも、私は5000円の案件でもどんどんやった。逆に、着手金を取らんかった。業者に「5000円のために、なんでこんなに必死になるんですか」と言われたが、「正義のためじゃ、お前らを許せんからや!」と言うてやったわ。

 

 高齢者や子供の案件にも力を入れた。

 

 たとえば、「成年後見制度」。認知症などで判断力が低下した高齢者の財産を保護するために設けられた。家庭裁判所に選任された成年後見人が、本人に代わって財産管理や身上監護などを担う仕組み。

 

 実際、高齢者が家族や親戚に身ぐるみはがされるようにお金を取られることは珍しくない。そういう案件で、取られたお金の回収に走ったが、すでに散財してしまって戻ってこないことが多かった。

 

 お金を取られてかわいそうなおばあちゃん5人の後見人になり、私は家族ぐるみでお世話したことがある。まだ小さかった息子や娘を、よく介護施設などにも連れて行った。

 

 息子は、「どうしてうちにはおばあちゃんが5人もいるの?」と不思議がっていた。娘なんか、いつもおばあちゃんに手紙を読む役割で、実の孫と勘違いされたほど。

 

「メイク・ア・ウィッシュ」という活動がある。たとえば、難病の子供が「ウルトラマンに会いたい」と言ったら、着ぐるみを着たウルトラマンを病室に連れて行くなど、最後の夢をかなえることを手伝おうという活動ですわ。

 

 それをヒントに考えたのが、「メイク・ア・ターミナル」。お年寄りが亡くなる前に、したいことをさせてあげる試み。お世話しているおばあちゃんに「有馬温泉に行きたい」と言われて、事務所旅行と称して全員で行ったら、事務員には「こんな事務所旅行ありますか」と呆れられた。

 

 子供にも、「未成年後見制度」がある。私が父親代わりをしたのは、高校生の兄妹のケース。母親は2人を10代で産んだが、すぐに家から追い出されて行方不明。お父ちゃんも祖父母も死んでしまって、子供2人で暮らしていた。

 

 この高校生のお兄ちゃんが、親がいない、つまり身元保証人がいないというわけのわからん理由で退学させられそうになっていた。周囲の人が骨を折っていろいろ当たったけどだめだったから、最後に私のところに「なんとかして」と言ってきた。

 

 私は戸籍を取り寄せて親戚中を訪ね歩いたが、全員、面倒は見られんということやった。結局、私が後見人として身元保証人になり、男の子は高校に残ることができた。

 

 そして、うちの事務所の裏に借りたアパートに2人を住まわせ、成人になるまで事務員に世話してもらった。

 

 私は明石市長になったとき、5人のおばあちゃんの息子代わり、2人の子供の親代わりだったわけやけど、たしかにこんな弁護士も市長も、なかなかおらんやろね。

 

 思い出すのは、私に弁護士になれとすすめた石井さんの「明石に戻って、困っている人のためになりなさい」という言葉。それを口だけやなくて、ほんまに実践してきた。本来は政治家もそうあるべきやと思うが、「世のため人のため」と本気で言える人はどれだけおるんやろか……。

( 週刊FLASH 2024年2月27日号 )

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