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EU離脱派の「イギリス白人労働者」が抱える3つの無力感

社会・政治FLASH編集部
記事投稿日:2017.10.29 06:00 最終更新日:2017.10.29 06:00

EU離脱派の「イギリス白人労働者」が抱える3つの無力感

『写真:AFLO』

 

 それは2016年6月24日の早朝だった。
「おおおおおおおっ」という配偶者の叫び声と共に、わたしは目覚めたのである。

 

「離脱する、離脱するんだ、俺たちは……。オー・マイ・ゴー───ッド」

 

 自分が離脱に入れといて「オー・マイ・ゴッド」もないもんだが、配偶者は雷に打たれたような顔でテレビの前に座り込んでいた。

 

 この配偶者と一緒になって20年になる。結婚と同時に(正確にはそのちょっと前から)わたしは英国南部のブライトンにある公営住宅地の一つに住んでいる。

 

 ここは生粋の労働者階級の街だ。白人の英国人の居住者の割合が非常に高く、流行りの映画やドラマに出てくるような、黒人の少年たちがクールに舗道でラップしているロンドンの公営住宅地とは違う。

 

 彼ら英国労働者階級の人々は、EU離脱投票で離脱派が勝利した瞬間、世界中から「不寛容な排外主義者」認定されてしまった。投票結果分析で、英国人労働者階級の多くが離脱票を投じ、彼らこそがブレグジット(Brexit=EUからのイギリス脱退)の牽引力になっていたことが判明したからである。

 

 白人英国人の労働者階級の人々がみな離脱派だったと決めつけるのは短絡的だし、差別的ですらある。が、実際、わたしの周囲では、1人か2人の例外を除き、全員が離脱票を投じていた。

 

 英国の労働者階級はなぜEU離脱票を投じたのか、そもそも彼らはどういう人々なのか、彼らはいま本当に政治の鍵を握るクラスタになっているのか、どのような歴史を辿って現在の労働者階級が形成されているのか――。

 

 20世紀の初めと終わりを比べると、肉体労働や作業員など「マニュアルワーカー」として従事する人々の、勤労者全体に占める割合は、75%から38%に落ちていた。一方、専門職や管理職に従事する人々の割合は、8%から34%に上昇している。

 

 この膨れ上がった中間層に属している人々は、様々な欧州国の民族性を持つ白人層と、資本主義的エリート層に包摂され統合された移民の人々の層である。

 

 こうした変化は、労働者階級のコミュニティを縮小しただけでなく、昔であれば一絡げに「労働者階級」と呼ばれた人々の層を、「野心的で勤勉な移民労働者」の層と、「それ以外の白人労働者たち」の層へと分断させることにもなった。

 

 OECDの2010年の調査では、英国と米国は、もっとも社会的流動性の低い国になっている。つまり、英米は、低所得層に生まれた子どもはそのまま低所得層の大人になる可能性がもっとも高い社会になっているということだ。

 

 その一方で、白人という人種は、伝統的に、自らが創出した政治・社会制度の中で恩恵を受けてきた。白人労働者たちは、「国の文化に慣れ親しんでいる」ということや、「第一言語が国の言語である」という利点も手にしている。

 

 これらの点から、彼らは生まれながらに恵まれた立場にいると考えられ、特に白人男性は、「どんな点でも有利な位置を獲得している」と思われてきた。

 

 だが、白人労働者階級の多くの人々はいま、疎外感や、力を奪われているような感覚を抱いている。ジャスティン・ジェストはこの無力感を3つの分野に分類している。

 

(1)数が減少しているという認識
 白人労働者階級の数は継続的に減少を続けている。その減少のスピードは、本人たちが思っているほど劇的ではないにせよ、増え続けている人口(同時に大卒者の数も増えている)とは対照的に、白人労働者階級の数は減少している。
 わたしの配偶者やその友人たちが勤務しているようなマニュアルワーカーの職場では、実際に、白人の英国人が少数派になっている場所があり、そうした環境で働く人々ほど、「外国人だらけ」「もはや英語が通じない」ということを頻繁に口にする傾向がある。

 

(2)排除されている気分
 白人労働者階級の人々は、エンターテインメントの世界や、公的組織などに、自分たちの代表を送り込んだり、発言の場を与えられる機会が減ってきたことに、敏感になっている。
 たとえば、地方自治体の職に応募する場合は、応募フォームに自分の人種や性的指向などを記入する欄があるが、これについては、「公務員の職にはマイノリティ雇用の数のノルマがあるからで、白人には不利。これを人種差別でなくて何と言う」と憤る労働者階級の人々の声は、頻繁に聞かれる。

 

(3)差別の対象になっているという感覚
 白人労働者階級の人々の多くが、「自分たちは差別の対象にされている」という認識を抱いており、白人のミドルクラスだけでなく、移民からも差別されているという感覚を持っている。

 

 実際、BBCが放送した人気コメディ番組『リトル・ブリテン』などでは、白人労働者階級の若者は子だくさんで頭が悪いというようなステレオタイプのキャラクターを登場させて嘲笑の対象にしているし、タブロイド紙や一部高級紙でさえも、社会の足を引っ張っているグループとして彼らを蔑視することが正義だと思って叩いてきた節がある。

 

 労働者階級の人々は、このような偏見のせいで、雇用や福祉、公共サービスの現場で、自分たちが平等な扱いを受けられなくなっていると信じているのだ――。

 以上、ブレイディみかこ氏の近刊『労働者階級の反乱 地べたから見た英国EU離脱』(光文社新書)から引用しました。英国在住で、「地べたからのリポート」を得意とするライター兼保育士が、彼らの現状とスピリットの源流を、生の声を交えながら伝えます。

 

『労働者階級の反乱』詳細はこちら

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