11月5日におこなわれる米大統領選は「ほぼトラ」といわれるほどトランプ元大統領の再選が有力視されていたが、民主党のジョー・バイデン大統領(81)が撤退し、カマラ・ハリス氏(59)の出馬が決定してから大きく雲行きが変わった。
ハリス氏は若者、女性、移民、LGBTに人気だ。逆にトランプ氏は移民、LGBTに不寛容な政策スタンスを取る。
米ABCは8月2日、ハリス氏が有権者の45.0%の支持を得ているのに対し、トランプ氏は43.5%と、ハリス氏が1.5ポイント上回ったとの世論調査の結果を報じた。
超大国の大統領選は、わが国にいかなる影響を及ぼすのか。次期首相候補として国民人気ナンバーワンの石破茂・元防衛大臣(67)に話を聞いた。
まず、石破氏は「ハリス氏の勝利は十分に可能性がある」と指摘した上で、「どちらが大統領になっても日本としては同じ主張、スタンスでなければなりません」と述べた。
かねてより、石破氏は日米安保・日米地位協定の対等なあり方を提起し、日本が「真の独立国になるべき」と主張している。
しかし、もしトランプ氏が再選された場合、「アメリカ・ファースト」を掲げる新大統領を相手に、はたして日本は毅然とした態度を取れるのか。トランプ氏は、たとえば在日米軍について「日本は駐留経費を全額負担せよ。さもなければ、撤退もいとわない」との発言を繰り返している。
石破「トランプ氏は損得を考え、取引しますから、米軍基地の問題にしても、日本に有利な政策がアメリカの得にもなる、ということを説明できればいい。基地を撤退させるほうがコストがかかる場合もありますから」
石破氏はトランプ支持者の「クリスチャン・シオニズム(ハルマゲドンが起きる前にユダヤ人がパレスチナにイスラエル千年王国を建国すべきとの思想)」に懸念を持っている。
【関連記事:自民党総裁選「ラストチャンス」の石破茂氏、ひそかに「姉さん」と呼び慕う“女帝”政治家の名前】
トランプ氏は在イスラエル米大使館をテルアビブからエルサレムに移すなど、ユダヤ寄りの姿勢を鮮明にし、パレスチナ問題においてイスラエルを全面支持している。再選されれば、イスラエルのネタニヤフ首相がどんな強硬手段に出ても、アメリカは止めない可能性もある。
石破「こうした特殊な信仰がパレスチナ問題に影響を与える事態はできるだけ避けるべきです。日本は政財界においてユダヤの影響力が強い欧米とは異なり、パレスチナ自治政府(PLO)、イスラエル双方と親交があり、どちらに対しても呼びかけできる立場にいるはずです。日本政府としても、ガザの戦争には反対の意を示すべきだと考えます」
日本が国際社会のなかでさらなる発言力を持つために、石破氏は根本的には「米軍基地を日本が管理し、集団的自衛権の行使を国連憲章に書かれているとおりに認めるべき」と主張する。
2014年7月、第2次安倍内閣は「必要最低限の集団的自衛権の行使」を認める憲法解釈の変更をおこなったが、石破氏はそれでは不十分と考える。
石破「日本は集団的自衛権を行使してアメリカを守らないから、米軍基地を条約上の義務として受け入れ、ゆえに米軍基地の管理権・管轄権を持たない、ということになっています。このような国を『独立国』と呼べるでしょうか。
まずは、日本が在日米軍基地の管理権を持つことから始めるべきです。これには膨大な労力が必要ですが、今後の日本にとって大事なことです。
韓国にもドイツにも米軍基地はありますが、自国に管理権があります。これは、米軍基地が条約上の義務ではなく、防衛政策の一環にすぎないからです。管理権の問題は国会でもいまだ充分な議論がされていませんし、そもそも在日米軍基地について日本が管理すると主張した政権も今までありませんでした。
しかし、日本が米軍基地の管理権を持てば、当然ながら米軍基地関連で起こるさまざまな事件や事故(PFASなど汚染物質の流出、米軍兵士によるレイプなど)に対しても日本政府が対処できるようになるのです」
石破氏は、「集団的自衛権の行使自体、違憲ではない」と主張する。
石破「現在の憲法で認められているのは『必要最小限の実力行使』ですが、そこに集団的自衛権が含まれていない、という明確な根拠はありません。国連憲章で認められている権利を、わが国がわざわざ縮小して解釈し続ける国際環境にはもはやないと思います。
また、核シェアリングについても議論すべきです。核の所有権・管理権を共有するという形ではなく、所有権・管理権はアメリカが持ち、『拡大抑止力』の手段として、どのような場合に核を使うか、という意思の共有として考えていけばいいと思います」
集団的自衛権の反対派は、それを認めると日本が米国をはじめ密接な関係にある他国の戦争に巻き込まれ、国民が危険にさらされると主張する。一方、石破氏によると、日本が米軍基地を管理できない現状はきわめて危険な状態であるという。
石破「『台湾有事は日本有事』と簡単に言う人がいますが、実際に台湾有事が起きたら、日本はどうすべきかという具体策についてはほとんど議論されていません。
可能性は決して高くはないと思っていますが、仮に中国が武力で台湾に侵攻し、米軍がこれを阻止すべく行動することになれば、当然のように日本の米軍基地の部隊が行動するでしょう。
これを事前協議で断ることは事実上あり得ないと思います。そうなれば、中国はそれを阻止するために日本本土を攻撃する選択もありうる。台湾有事が日本有事というのは、たとえばそういうことです。
朝鮮半島で有事が起きた場合は、日本にある米軍基地を『在日朝鮮国連軍(1950年の朝鮮戦争勃発時に創設された多国籍軍。現在も横田基地に朝鮮国連軍後方司令部がおかれている)の基地』と解釈すれば、日本政府との事前協議も必要なく基地の使用も部隊行動も可能になります。
その意味においては、朝鮮有事は日本有事に直結することになります。北朝鮮が日本に報復攻撃として、ミサイルを撃ってくる可能性もあるでしょう。台湾有事にしても、朝鮮有事にしても、これ以上議論を先送りにはできません」
石破氏はかねてより有事に備えた核シェルターの必要性を訴えてきた。現在の日本における核シェルターの普及率は、わずか0.02%だといわれている。
石破「2023年度から5年間の防衛費を総額43兆円まで拡大することになっているのですから(岸田政権が2022年12月に閣議決定)、その一部を国民を守る核シェルターに割り当てることを考えるべきです」
安保3文書が閣議決定された2022年12月は1ドル130円台だったが、極端な円安が進み、現在は1ドル150〜160円代になってしまった。となると、レートに鑑みて防衛費は43兆円からさらに増額すべきなのか。
石破「そもそも『額ありき』のような風潮がおかしいのであって、全体額の議論はこれ以上いりません。むしろ『賢い使い方』を心がけ、装備体系をどう変えるのか、後方やサイバー体制をどう整えるのか、を議論すべきです。もう冷戦時代ではないのですから、なんでもアメリカの言いなりに兵器を爆買いすればいいというものではありません」
ところで、「次期首相」として期待される石破氏だが、特に自民党に不信感を持つ層からは「石破議員が石破新党を立ち上げたら、国民の支持が集まるし、政権交代できるのではないか」という声もある。そのような考えはないのか。
石破「一時的に支持が集まるかもしれませんが、長続きはしないでしょう。細川さんにしても鳩山さんにしても自民党の一部が中核になったからこそ成立しましたが、政権が長続きしなかったのはやはり政権与党としてのノウハウが圧倒的に欠けていたからです。それを持っているのが、自民党の強さだと思います。自民党を再度、信頼できる党に改革していきたいですね」
石破氏は、現在の日本が抱える課題は「企業競争力の低下、過度な円安、GDPの低下、人口減少、社会保障など山積み」だという。
石破「政府は、その場しのぎの政策にどうしても汲々としてしまう。しかし、このままだと日本の未来は明るいとは言えない。わが国の問題は多岐にわたり、深刻で、もう先送りはできない、ということを正直に国民に話して、理解を得る必要があります」
国家として死活問題を先送りした自民党政治が、このままだと「次世代へのつけ」になりかねない。石破氏は自民党を改革できるのか。
取材・文/深月ユリア
( SmartFLASH )