社会・政治
「イメージは坂本龍馬」泉房穂氏、参院選に立つ! 目指す国のあり方から望む権限、恩師2人の遺志まで語りつくす

財務省を指さす泉房穂氏
「市長引退後、テレビやラジオに出演したり本を出版したりとメッセージを発信してきましたが、まったく世の中が動かなかった。衆議院での民意は野党側が多数なのに、自公から総理を出したことが悔しい。大同団結して、衆議院で233議席、参議院で125議席の過半数をとり、(新しい)総理を出すことがスタートです」
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3月24日、前明石市長で元衆院議員の泉房穂氏は、7月におこなわれる参院選への出馬会見をおこない、こう決意を示した。本誌は、会見で触れられなかった問いを、泉氏にぶつけた。
2023年3月に明石市長を退任する際、「政界引退」宣言をした泉氏。なぜ前言を翻し、出馬することを決めたのか?
「去年の衆院選に出なかったことで、『根性なし、戦わないのか』『いつまでテレビやラジオで吠えてんねん』といったお怒りの声が殺到しました。ですが、夏には今年3月までのラジオの冠番組が決まっていたんです。それに穴をあけると皆様にご迷惑をかける。そうした事情もありました。
しかし、衆院選で与党が過半数割れをし、本来なら(1993年の)細川連立政権誕生のようなことが起きてもおかしくなかったのに、何事もなく来てしまった。
国民は『なんとか生活を楽にしてほしい』と訴えているのに、その民意に反するような状況が続いている。『そうであれば、外からじゃなく、中に入っていこう』と思ったんです。
『何のために政治家になるのか』と聞かれれば、それはやはり『国民を苦しめる政治から国民が安心する政治に変えるため』です。
中島みゆきさんの『ファイト』という曲に、『闘う君の唄を、闘わない奴等が笑うだろう』というフレーズがあります。私は政治の場に闘いに行くんですから、闘わない人たちに笑われたところで『どうぞ笑ってください』というだけ。とにかく税金を減らし、保険料を減らし、そして物価を抑制するために闘います」
2025年2月以降、財務省前では「財務省解体」などと叫ぶデモが活発化した。泉氏はこのデモに「社会的意義」を認めている。やはり財務省は、庶民の敵なのか?
「財務官僚に悪意があるわけではない。ただ、悪意がないからこそ厄介なんです。官僚は過去を否定したり見直したりしない前例主義。だから新しいことをしようとすると、平気で国民に負担を課す。
財務官僚は『自分たちは決めていません』と言うが、現実の政治を見れば財務省が仕切っている。財務省が実質的に予算を決めているのは日本だけです。
本来は主人公の国民が一番上にいて、次に国民に選ばれた政治家、最後に財務省をはじめ中央省庁がくる。ところが、今は官僚組織が一番上になっている。官僚が政治を決めている。そうではなく、政治家が国民のために決め、官僚に指示をする政治にしなければならない」
かつて泉氏は、新党立ち上げの誘いを受けたと明かしたことがある。参院選で結党はあるのか?
「1993年の細川連立政権誕生と2009年の民主党政権樹立。いずれの政権交代でも小沢一郎さんが中心になりました。細川さんは自民党と組もうと思っていたところ、小沢さんが力技で非自民連立政権の総理に担ぎ出したのです。当時のことは、小沢さんご本人から直接お話を聞いたりしています。
新党というキーワードに皆さんの関心は強くなりますが、私は無所属で超党派。参院選では政党を作りません。『減税』なり『国民負担減』なりの旗を掲げて、全ての政党に呼びかけて大同団結を図れば政権交代はありうる。おこがましいですが、薩長同盟をなし遂げた坂本龍馬のイメージです」
12年間、市長を務めた泉氏は、住民に直接選ばれた首長の権限を最大限行使し、多くの改革を断行した。国会議員となれば、首相の座も視野に入るのか?
「いや、首相になる前に暴言で失脚しますわ(笑)。大臣のようなポストが欲しくて政治家になるのではないけど、強いて言えば官房長官には惹かれますね。
安倍政権が長期政権になったのは、間違いなく官房長官だった菅義偉さんの力です。最終決定権は総理にありますが、実際に動いて指揮をするのは官房長官です。官房長官が持っている人事権などの実質的な権限を使って国民を救いたい。
ちなみに1993年から2009年まで16年。今は2025年なのでやはり前回の政権交代から16年が経っています。たまたまですが16年周期ということで今年、大きな動きがあったとしても不思議ではありません」
2024年の東京都知事選から、SNSを駆使した選挙戦が主流になり始めている。泉氏に秘策はあるのだろうか。
「そのあたりはあまり詳しくないので少しずつです(苦笑)。ただ、YouTubeのライブ配信ではトラブル続きだし、Xでも “やらかして” しまうことがあります。妻にはよくポストの内容で怒られていますよ。つい最近もポストを削除することが重なり、大いに反省しているところです。SNSには向いていないのかもしれません。
だけど、地元で街頭演説をすれば、皆さんがわ〜っと寄ってきはって、握手を求められたりツーショット写真をお願いされたりして温かく迎え入れてもらっています。コンビニでパンを買えば、『頑張って』とおしぼりを多く入れてくれたりして」
泉氏には2人の「恩師」がいる。ひとりは暴漢に襲われ落命した石井紘基元衆院議員。もうひとりは今年1月に亡くなった経済アナリストの森永卓郎氏だ。
「私は石井さんの秘書でした。今回の参院選への立候補に、背中を押してくれたのは石井さんかもしれません。石井さんは61歳で亡くなられました。私は去年、61歳になり石井さんに追いつきました。石井さんが生きられなかった61歳以降を使命感を持って生きたいと思ったんですね。
そして、念願叶って本も一緒に出版した森永卓郎さんは晩年、お会いするたびに『泉君、自分は短距離走で力の限り走り切るから、その後走り抜いてくれよ』『必ずまた立候補しろ』などとおっしゃってくださいました。
そうしたお二人の言葉を託されている立場なので、お気持ちに添えるような生き方をしたいと思っています。石井さんの好きな四字熟語は『不惜身命』で、私の座右の銘になっています」
すでに辻立ちを始めたという泉氏の声はややかすれていた。