社会・政治
備蓄米「5kg2000円」で即日完売も…専門家は「それでも米価は下がらない」来秋まで5kg4000円は “決定済み” の惨状

神奈川県の備蓄米倉庫を視察する小泉農相(写真:ロイター/アフロ)
まさに “備蓄米フィーバー” だ。
5月29日、楽天グループが「楽天市場」で政府備蓄米の予約販売を開始すると、2時間をまたず完売。アイリスオーヤマも、ネット販売を開始したが、こちらもわずか45分ですべて売り切れたという。
「5月26日に農林水産省が政府備蓄米の随意契約の受付を始めると、大手スーパーやディスカウントストアなどから購入申請が殺到、一時、休止する騒動となりました。
大手小売業者に限定した備蓄米の売り渡しは、2021年産(古古古米)10万トン、2022年(古古米)20万トンの計30万トンについて、先着順で受付を開始すると、約70社が申請しました。
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とくに、2022年産に人気が集中し、上限に達する見込みとなったため、2021年産も含め、一時、休止することになったのです。30日に再開した随意契約では、新たに中小のスーパーや米穀店などが対象となりますが、“フィーバー” はしばらく続きそうです」(経済担当記者)
週明けには備蓄米が店頭に並ぶ。なかには「5kg1800円」という業者もあらわれ、小泉進次郎農水大臣が掲げた店頭での販売価格「5kg2000円」はすでに実現したと言っていい。
一方で、全国のスーパーで5月18日までの1週間に販売されたコメの平均価格は5kgあたり4285円と、2週連続で過去最高を更新している。備蓄米の放出は、コメ全体の価格を下げることにつながるのか。
■コメの高値が今後も続く理由
「残念ながらコメの値段は下がりません」
こう結論づけるのは、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の山下一仁氏。元農水官僚で農業経済学の専門家だ。
「備蓄米をいくら安く売ったとしても、それはスーパーの特売品のようなもので、その恩恵を受ける人は限られており、全体的なコメ価格の下落にはつながりません。多くの人は相変わらず、5kg4200円のコメを買わざるをえないのです。これでは公平とは言えないし、コメ全体の価格が下がらなければ、『安くなった』とは言えません。
そもそも、ものの値段は需要と供給で決まりますから、供給量を増やさないと、当然、価格は下がりません。今回の備蓄米の放出も、目的は供給量を増やすためでした。ところが、農協(JA)という存在が、それを邪魔するのです。今回、農水省は備蓄米30万トンを放出しましたが、農協はおそらく備蓄米以外のコメの供給を30万トン減らして、コメの高価格を維持しようとするでしょう」
コメの高値は今後も続くという。
「農協は、今年9月に生産者に払う『概算払い』の仮渡金を、すでに60kg2万3000円で約束しています。これに、農協の経費や手数料を上乗せすると、およそ2万6000円。これが、卸売り業者が買っている金額です。
この60kg2万6000円を前提に5kg4285円という小売価格が決まっているわけですから、大本の2万6000円が下がらない限り、小売価格も下がらないのです。
さらに、2万6000円の米価は、今年産米の価格で、その価格が今年10月から来年の9月まで続くわけです。ということは、来年の9月まで5kg4200円台の異常なコメ価格が続くということです」(以下、「」内は山下氏)
結局、コメの価格は下がらないというのだ。
■コメ価格を下げるための方策
ただし、このシナリオには「何もしなければ」という前提がある。では、どのような対策が可能なのか。ひとつは、減反政策を止めてコメの生産を増やすことだ。
「コメ高騰の諸悪の根源は、生産量を減らして価格を維持しようとする『減反政策』です。国が『減反を廃止します』と宣言するだけで、コメの供給量が増えて価格が下がるのです。コメ価格が下がって影響を受ける農家も、当然、出てきますが、農業所得が所得の50%以上を占める主業農家には直接支払いで補償すればいいというのが、私の主張です」
しかし、いますぐ減反を廃止したとしても、もう今年の作付は終わっている。次に作付が始まるのは来年の5月だから、減反廃止が実施できるのは先のことになる。だが、すぐにでもコメ価格を下げる手がないわけではないという。
「それは輸入を増やすことです。輸入を増やしてコメの供給を増やせば米価は下がる。輸入を増やすには、現在、輸入が認められている77万トンの『ミニマムアクセス米』を活用するのです。
77万トンのうち10万トンは主食用の枠がありますが、その10万トンの枠を20万トン、30万トン……と増やしていけば、供給量が増えて価格は下がっていきます。
もう一つのやり方は、1kgあたり341円の輸入関税を、たとえば半分にするのです。そうすれば、安い輸入米が入ってくるので、国内の価格もその水準に向けて下がっていくわけです」
減反廃止や輸入米を増やすことでコメ価格は確実に下がる。そのときに問題となるのは、ここでも農協の抵抗だ。
「現在の60kg2万6000円という米価を安くするのは、農協とのバトルを意味します。しかし、石破首相がそもそも言っていた『5kg3000円台』は、60kg2万6000円という米価を下げない限り、実現できないのです。
小泉農相の備蓄米『5kg2000円』だけなら、農協にとっては痛くもかゆくもない。実際、小泉農相が北海道の農協幹部と会って備蓄米放出を説明したときも、『お好きなように』という感じで、ほとんど反応はありませんでした。
ですが、石破首相のいう、すべてのコメで『5kg3000円台』を実現しようとすれば、激しい抵抗にあうでしょう。農協との壮絶なバトルにならざるをえません」
■立ちふさがる農政「鉄のトライアングル」
バトルの相手は農協だけではない。農水省もコメの価格を下げたくないのだという。
「農水省は当初、備蓄米の放出に抵抗していました。去年8月、吉村洋文大阪府知事が備蓄米の放出を求めたときも、農水省は『コメは十分にある』と言い放って対応しなかった。秋になっても『新米が入ってくれば米価は落ち着く』と言って放置していた。
そして『コメはある。誰かが隠し持っている』と言い続けましたが、実際はなかったわけです。つまり、農水省はずっと嘘をついてきた。それは米価を下げたくないからです」
農水省が米価を下げたくない理由は、農協の利益を守るためだという。
「なぜ農協が『減反政策』を求めてきたかというと、理由のひとつは零細な兼業農家を維持したいからです。コメ農家の52%は耕作面積1ha未満の兼業農家ですが、この層は8%未満しか生産していないので、コメ供給という点では、農業政策ではほとんど意味を持たないんです。
しかし、JA農協にとっては、兼業で得た収入をJAバンクに預けてくれる “お得意さん” です。その貯金を吸い上げ、JAバンクは貯金額108兆円の日本有数のメガバンクになったのです。
そして、貯金額の7割を資産運用して、ものすごい利益を上げてきた。たまたま、去年は1兆8000億円の損を出しましたが、それ以外は、毎年3~4000億円ぐらいの利益をあげています。コメの高騰は単なる『コメ問題』ではなく、農協という組織の金融事業の利益がからんでいるのです」
農協の利益が最優先され、コメ価格を高騰させてきた背景には、農協、農水省、そして自民党農林族議員の “農政トライアングル” があるという。
「農林族議員は、農協が組織している農民票を当てにしている。その農林族議員の政治力を当てにして、農水省は予算を獲得する。勝ち取った予算を手土産に、農水省の役人が農協などに天下りするーーこれが “農政トライアングル” です。この構図は50年以上も続いてきたので簡単には揺るがないでしょう。
でも、いまは改革の風が吹いている。消費者はみんな怒っています。そもそも60kg2万6000円という米価は過去にもなかった高さです。“平成のコメ騒動” のときだって2万3000円程度でしたからね。小売価格も1年前から倍になったわけだから、そりゃ、消費者は怒りますよ。この怒りが改革の風になるのです」
■農林族のドン・森山幹事長の判断は
ともに農政改革派を自認する石破首相、小泉農相にとって、立ちはだかる壁となるのが自民党内で力を持つ農林族だ。農林族のドンと称されるのが森山裕幹事長。
「森山さんがいちばん関心があるのは、今夏の参院選で勝てるかどうかでしょう。じつは、農協の組織票は全国で2%くらいしかないんです。その2%の組織票が重要だと思うのか、それ以外の98%の国民、一般消費者の怒りのほうが怖いと思うのか。それを森山さんがどう判断するか。
私なら、『オレは知らない。石破、小泉が勝手にやったんだ』と2人にやらせておいたほうが賢いと思う。そっちのほうが、参院選で票が取れるんじゃないですか。石破首相や小泉農相も、自ら『減反廃止』を口にしている。もう後には引けないはずです」
かつて自民党農水部会長のときに農政改革をぶち上げ、農協の抵抗にあって骨抜きにされた小泉農相。今回、大臣就任の会見で「大事なことは組織・団体に忖度しない判断をすることだ」と、農協に宣戦布告している。
小泉農相は、今度こそ “真の改革者” となれるのか。