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辛坊治郎『同一労働同一賃金』のスローガンに騙されるな」

社会・政治FLASH編集部
記事投稿日:2018.03.06 16:00 最終更新日:2018.03.06 16:00

辛坊治郎『同一労働同一賃金』のスローガンに騙されるな」

 

 日本経済を回復させる最大の方法は賃上げです。間違いありません。だから近年春闘が近づくと、安倍総理自らが大企業に賃上げを求め、「総理はいつから労働組合になったんだ?」なんて言われてるんです。

 

 でも、これだけでは問題が解決しません。なぜなら、春闘で賃上げが決まるのはおもに正社員で、こればかりを進めると、逆に非正規との格差が拡大してしまいます。

 

 そこで注目を集めているのが、「同一労働同一賃金」です。もしこれが実現できたら、非正規雇用の皆さんの給料が一気に上がる可能性があります。それは、日本経済復活のエンジンに火がつくことを意味します。

 

「素晴らしい! ぜひ進めましょう!」って言いたいところですが、話はそう単純じゃありません。

 

 欧米で、たとえば「ハリウッドの照明労働者」は基本的にひとつの労働組合に加入しています。賃金は大手映画会社と組合との交渉で決まりますから、照明マンの賃金はどの撮影現場に行っても同じです。これが本当の「同一労働同一賃金」です。

 

 でも、これを日本ですぐに導入するのは無理ですよね。日本の労働組合は会社ごとにあり、会社によって給与体系が違いますから、正社員が同じ仕事をしていても、A社とB社では給料に差が出ます。これをすぐ同じにするなんて不可能です。

 

「ハリウッド型」を「レベル3」とします。これをすぐに日本で実現させるのは無理です。

 

 次に考えられるのは「レベル2」です。映画会社の照明マンの例で考えてみます。映画会社Aの照明部では、正社員Xと非正規社員Yがまったく同じ仕事をしています。ここで質問です。XとYの間に明らかな給料格差があるとして、これは今政府が考えている「同一労働同一賃金」に反すると思いますか?

 

 普通に考えると「反する」でしょうね。

 

 でも違うんです。政府が2016年末に発表したガイドライン案では、XとYとの格差は必ずしも否定されていないんです。なぜかというと、正社員であるXは、長いキャリアの途中の仕事として照明マンをしていますが、近い将来転勤になるかもしれません。

 

 そんなXと、同じ勤務地で照明の仕事だけを続けるYとの賃金を同じにする必要はないってわけです。「そりゃそうだ」と思う半面、「こんな考え方じゃあ永遠に同一賃金なんて無理」って感じもします。

 

 それじゃあ、政府が目指している「同一労働同一賃金」ってどんなものかというと、「同じ会社で同じ仕事をしていて、なおかつ同じ雇用形態の人の間で賃金格差があると違法」って話なんです。私はこれを「レベル1」と名づけています。しかし、この「レベル1」でもなかなか実現は難しいです。

 

 これは、「映画会社Aで働く非正規の照明マン同士で賃金の差があってはいけない」ってことですが、腕のいい照明マンと、駆け出しの照明マンが同じ賃金ってのは、映画会社にとっても、当の照明マンにとっても不幸な事態かもしれません。また正社員同士でも、新人照明マンと10年選手の間で、「同じ仕事なんだから給料も同じ」ってわけにはいかないでしょう。

 

 なぜ欧米で実現できていることが日本では難しいのか?

 

 その理由は、仕事と給料に関する根本的な思想の違いです。欧米では先に仕事があって、「この仕事ができる人にはこのくらいの賃金を払う」って考えます。逆に日本は先に人があって、「この人が仕事をできるようになったら、それに応じて賃金を払う」んです。

 

 その結果、日本では、仕事のできない新人を給料を払いながら育てますが、欧米では仕事をできることが雇用の前提になっているんです。専門用語を使うと、欧米型を「職務給」、日本型を「職能給」と呼びます。

 

 たとえば日本では、照明の仕事がいっさいできなくても「照明マン」に採用されることがありますが、欧米では一定の「腕」がないと「照明」の仕事にありつくことはできません。だって、「照明という仕事」に給料が払われるわけで、会社が「人」に金を払うわけではないからです。

 

 欧米で異様に若年層の失業率が高いのはこのためです。若い人は、賃金に見合うだけのスキルがないから仕事もないんです。こうして考えると、必ずしも欧米型の「同一労働同一賃金」が、我々が目指すべきゴールなのか疑問ですよね。

 

 ただ、確実に言えることがあります。それは、日本の非正規雇用の賃金が安すぎるってことです。中途半端に欧米型の賃金体系を採用することに躍起になるよりも、まずは日本型の雇用慣行の美点を生かしつつ、労働者の待遇改善を考えるほうが、日本経済を立て直す近道かもしれませんよ。

 

 だって「同じ仕事をしてるだろ」と言われて、30年のキャリアのある社員が、3年めの社員と同じ給料にされたらたまりませんからね。「同一労働同一賃金」なんて掛け声だけが先行すると、タチの悪い経営者は必ずその悪用を考えます。労働者の皆さん、スローガンに騙されちゃダメですよ。

 

 以上、辛坊治郎氏の新刊『こんなこと書いたら日本中を敵に回す本』(光文社刊)より引用しました。辛坊流年金改革案から安倍一強政治、北朝鮮の暴走、役所のアホな規制など、既存のマスコミが報じない「ニュースの真実」を辛坊節で斬りまくります!

 

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