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ドイツのメルケル首相は「トランプ大統領」が大嫌い
社会・政治FLASH編集部
記事投稿日:2018.03.07 06:00 最終更新日:2018.03.08 23:03
メルケルと米大統領オバマとの関係は、2013年に発覚した米国家安全保障局(NSA)による、メルケルを含むドイツ政治家を対象とした盗聴問題などで険悪化した。しかし、オバマはメルケルにとって、その理想主義的傾向や実務的な政治スタイルが似ていることから、ウマの合う政治家だった。
トランプ大統領はオバマとは著しく対照的な大統領である。米国の自由や民主主義に強く共感するメルケルであればこそ、その理念を裏切るような発言を繰り返す米国大統領が誕生した時、米国とどうつきあうかは難しい問題となった。
メルケル自身は自制していたが、米大統領選挙の運動中に、外相のシュタインマイヤーはトランプ候補を「憎しみの説教者(Hassprediger)」などと露骨に攻撃したし、トランプはドイツ国民にも非常に不人気な政治家である。
米ピュー研究所の世界の主要国を対象とした世論調査(2017年8月)によると、先進国では例外なくトランプは不人気だが、世界の問題に関してトランプが正しいことをしている、と回答したのは、ドイツでは11%で、プーチンに関する同じ問いへの回答25%より低い。
ヨーロッパの調査対象国でトランプに関してドイツより数字が低いのは、スウェーデン(10%)、スペイン(7%)だけで、その他は、英国(22%)、フランス(14%)などドイツより高い。ちなみに日本では24%である。
メルケルは2016年11月9日、トランプの米大統領選当選の際の声明で、「ドイツと米国は共通の価値によって結びついている。つまり、民主主義、自由、そして、出自、肌の色、宗教、性別、性的志向、政治的立場にかかわらず、人間の権利と尊厳に敬意を払うという価値だ。こうした諸価値の基礎の上で、トランプ新政権と協力したい」と述べた。
主要国首脳の声明を一瞥したが、フランス大統領オランドが「選挙運動期間中、トランプが取ったいくつかの姿勢は米国とヨーロッパが共有する価値や利益に反する」と発言したものの、人権問題を米新政権との協力の前提条件にするような発言をした首脳はいない。
ドイツ政府筋にこの発言の真意について聞いたところ、「メルケルはこれらの価値を無視する政策を取れば、協力関係は難しくなるとはっきりと伝えたかった。おそらく彼女自身が執筆した声明だ」と語った。メルケルは本気で米新大統領を諫めるつもりだった。
2017年のG20議長国がドイツであることから、メルケルは事前調整の目的でワシントンに行き、3月17日、ホワイトハウスで初会談を行った。会談を前にした大統領執務室での記念撮影の際、記者団から握手を求める声が上がり、メルケルがトランプの顔をのぞき込むように「握手をしたいですか」と聞いたが、トランプは前方を見据えたままで、手を動かすこともしなかった。
会談後の共同記者会見では握手をしたから、トランプとしてはメルケルに不快感を持っていることを、一度は態度で示したかったのだろうか。いずれにせよ、同盟国首脳の初会談がこうした形で始まること自体、異様である。
さらに、2017年5月26、27日、イタリア・タオルミーナで開かれた先進国首脳会議(サミット、G7)から帰国した直後の28日、メルケルがミュンヘンの政治的催しで行ったスピーチの一節が、また文字通り世界を駆け巡った。
「他国に完全に頼ることができた時代は、幾分過去のものとなった。そのことを過去数日間で経験した。だから私はただ、我々ヨーロッパ人は自分の運命を本当に自分自身が引き受けねばならない、と言いたい」
この政治的催しは、ビールを飲みながら政治家の演説を聴いて楽しむ、というドイツではよくある趣向のものだった。発言が対米関係を念頭に置いたものだったことは言うまでもない。サミットの前にはブリュッセルでNATO首脳会議があったから、メルケルはトランプとかなりの回数同席し、彼との協調にほとんど絶望した気持ちがあったのだろう。
リチャード・ハース米外交問題評議会会長(1951年生まれ)は「この発言は一つの分水嶺であり、(ヨーロッパが米国の関与なしに自分の運命を引き受けることは)戦後、米国が避けようとして来たこと」と自分のツイッターに書き込んだ。
メルケルが辟易したのはトランプであり、トランプが米国の全てではもちろんない。ただ、指導者はその国のその時の状況や価値を体現している。メルケルが「ヨーロッパ人の運命」に言及したことは、ドイツと米国の生存の根本条件とでも言ったものが、隔たったところに来たことを物語っているのではないか。
ドイツではジョージ・W・ブッシュも不人気な政治家だったが、メルケルはブッシュとの良好な個人的関係を築くのに成功し、それが地球温暖化対策などで成果を上げることに役立った。そうした違いを乗り越えた友好関係はもはや難しいほど、両国の「運命」は違ってしまった、ということだろうか。
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以上、三好範英氏の新刊『メルケルと右傾化するドイツ』(光文社新書)より引用しました。メルケルは世界の救世主か? それとも破壊者か? 『ドイツリスク』で山本七平賞特別賞を受賞した著者による画期的な論考です!