
深センの映画館にて。『731』の公開初日、大型スクリーンでは予告編が流されていた
第二次世界大戦中、満洲(中国東北部)で非人道的な生体実験を繰り返し、細菌兵器開発をおこなったことで知られる、旧日本軍の特務機関「731部隊(関東軍防疫給水部)」。そんな日本現代史の暗部にスポットを当てた中国映画『731』が9月18日、鳴り物入りで封切られて1カ月あまりが経過した。前評判が高かった作品だが、一転、歴史的な大酷評を受けているという。
「2025年は、中国共産党が『中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利80周年』の記念すべき年と位置づけ、7月から9月にかけて抗日関係のプロパガンダ映画およびドラマが、立て続けに公開されました。
そのなかでも、南京大虐殺を題材とし、7月28日に公開された『南京写真館』は、興行収入600億円の大ヒットとなりました。夏休み期間中の上映ということもあり、SNSには映画を観た子どもが『日本人を永遠に憎み、許さない』などと憤る動画が多数アップされるなど、反日感情と愛国の気運が大いに高まることになりました。
そして、満を持して公開されたのが『731』です。当初、映画タイトルに合わせて7月31日に予定していた公開日を、満州事変のきっかけとされる柳条湖事件の発生した9月18日に延期したことや、衝撃的な予告編も相まって、期待を集めました」(映画ライター)
公開初日には興行収入が3億元(約64億円)を突破し、快調なスタートを切った。
「しかし、『731』の興行収入をグラフで見ると、第1週は急激に伸びていますが、その後ピタリと伸びが止まっているのがわかります。初日は、全国の映画館で、30分に1本ペースという大量上映がおこなわれ、中国映画史における初日上映回数記録など、10項目で記録を塗り替え、話題を呼びました。先行して上映された『南京写真館』が、抗日映画ながら出色のできばえだった背景もあり、期待が最高潮に達して、初日から映画館に人が詰めかけたと見られます。
とはいえ、中国では公開初日から第1週ぐらいまでの記録を作るため、政府主導で学校や国営企業、民間企業の共産党団体などに総動員をかけることがよくあります。そういった“作られた”数字を相当数、含んでいるため、表面上の興収が膨らんでいる裏事情もあります」(同前)
2週め以降、客足が急激に失速してしまった理由には、こういった裏事情以外に本質的な問題もあったという。同作を鑑賞するため、深センと香港で2度、実際に映画館に足を運んだジャーナリスト・角脇久志氏が語る。
「とにかく、映画のできがとんでもなくひどいという点に尽きます。公開から37日めに当たる10月24日(15時現在)までの総興行収入は19.13億元(約410億円)と、数字的には十分、及第点といえますが、映画を観た観客からは低評価の声が噴出しています。映画サイトのレビューやSNSでは、『731』に関して否定的な投稿であふれる事態となっています。
物語の舞台は、第二次世界大戦末期の1945年。敗戦濃厚な戦況を打開するため、旧日本軍の軍医で731部隊の創設者である石井四郎により、ペストや炭疽菌を使った細菌兵器を敵国の上空からばら撒く“夜桜作戦”と呼ばれる計画が実行されます。731部隊管理下の研究施設では、細菌兵器開発のために中国人はもちろん、ロシア人、朝鮮人の捕虜を使い、ペストや炭疽菌、コレラなどに感染させたり、生きたまま解剖したりするなど、恐るべき人体実験が繰り広げられるんですが、そこに捕虜として連れてこられたのが、中国の国民的俳優、姜武演じる主人公。彼が中心となって計画を練り、ほかの捕虜と脱出作戦を試みる……というのが大まかなストーリーです」
しかし、いざ公開された映画を観てみると、“トンデモ演出”のオンパレードだという。
「731部隊創設者の石井四郎が、天皇陛下の御前会議で下半身を露出して小便をするわ、捕虜が人体実験のために牢屋から連れ出されるとき、日本の花魁たちが登場し、花魁道中で捕虜たちを連れていくわ、衝撃的なシーンが続出します。
ラストシーンでは、十字架にはりつけにされた捕虜たちを使い、上空から、ペストに感染させた大量のノミを充填した兵器を散布する実験で、『必勝』と書かれた鉢巻にふんどし一丁の日本兵たちが登場するなど、日本人からしたら、ツッコミどころだらけの内容でした」(角脇氏)
多くの中国人の観客にとっても、映画の荒唐無稽すぎる演出は受け入れがたかったようだ。SNS「ウェイボー」の公式アカウントには、公開当初こそ熱心な愛国的コメントが多く見られたものの、怒りと失望の声が殺到している状況だという。
「趙林山監督は、ウェイボーのコメント欄を閉鎖するまでに追い込まれました。映画サイトも採点欄を急遽、閉鎖するほどです。香港の映画サイトでも、5点満点で2.2点という圧倒的低評価となっており、0.5や1.0という評価がズラリと並んでいます。親中派の観客が5.0をつけているので、どうにか平均点が引き上げられているだけ。ちなみに『南京写真館』が3.8点、『鬼滅の刃 無限城編』が4.4点ですから、いかに『731』が駄作扱いされているか、わかるのでは」(角脇氏)
中国の映画サイトとウェイボーからコメントを抜粋し、紹介しよう(本誌訳)。まずは、よい評価がこちら。
《私はこの映画に満点を捧げる! この映画は日本軍による人体実験、文化の侵略と植民地化、そして予告編からその描写があまりにも恐ろしく、衝撃的だ。文化や世論による侵略はいまだに存在し、日本の軍国主義は根絶されていないことを痛感させられた》
《歴史を刻め、この国恥を忘れず、我々中国人は強くなるべきだ》
続いて、圧倒的に多いのが以下のようなマイナス評価。
《中国人にとって悲惨だが大事な歴史として胸に刻み取り扱うべき題材に、コメディシーンを多数登場させて、監督が歴史をもてあそんだ》
《こんなに厳粛な題材を扱ってこんな駄作を撮るなんて、戦争で亡くなった人々に申し訳ないと思わないのか。早く上映を止めろ、恥知らず!》
《映画を観終わったけど、なんだこれは? なんで女性士官や花魁まで出てくるの。日本人が見たら絶対に「これは捏造だ」と言うだろうね》
抗日戦争勝利記念80周年の節目となるべき作品への総スカンぶりに、冷や水を浴びせられた格好になった習近平政権は、さぞやお冠だろう。ちなみに本作については、日本公開の目途は立っていない。
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