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“高卒議員”が首相補佐官に…日本維新の会・遠藤敬氏が語る「悔しさはガソリン」国会に持ち込む“庶民の肌感覚”

社会・政治 記事投稿日:2025.12.03 14:30 最終更新日:2025.12.03 14:30

“高卒議員”が首相補佐官に…日本維新の会・遠藤敬氏が語る「悔しさはガソリン」国会に持ち込む“庶民の肌感覚”

日本維新の会・遠藤敬首相補佐官(写真・長谷川 新)

 

「自民・維新連立政権のキーマン」「高市政権の陰の実力者」――。

 

 日本維新の会所属の遠藤敬衆議院議員は、高市早苗政権発足時、そう称された。衆院大阪18区選出で、2012年に初当選して現在5期め。2015年から10年間、維新の国対委員長を務め、今夏の参院選後に再登板した。

 

「国対委員長として培った人脈は、自民はもちろん、立憲、国民民主、公明にも及びます。公明が連立離脱を決めた10月11日には、高市氏が遠藤氏の携帯に直接電話をかけ、協力を依頼したといわれています。高市政権が発足すると、維新とのパイプ役を期待され、首相補佐官に任命されました」(政治担当記者)

 

 そんな、いまもっとも注目される政治家の最終学歴は「高卒」。地元の公立小学校、公立中学校から大阪産業大学附属高等学校を卒業。卒業後は、うどん店など飲食店を経営し、大阪府高石市の青年会議所(JC)で活動した後、故・中山太郎元外相の後援会事務局長などを経て政界入りした。

 

 国会議員といえば、東大を筆頭に、有名大卒の学歴が大多数を占めるが、そのなかでは異色の経歴と言っていい。

 

「高卒ということで、僕は別に劣等感はありませんから」

 

 そうカラリと語ったのは、遠藤氏本人。高卒国会議員としての苦労や経験を語った。

 

「正直、まわりは立派な大学を出た先生方ばかりですからね。法律輪など、小難しい議論が始まると、置いてけぼりにされるような悔しさと、それに何とか追いつかなくてはいけないという思いを抱いたこともあります。

 

 ただ、同時に『よーし、見てろよ!』っていう反骨精神も生まれましたよ。『高卒代表、現場代表』として、机の上の理屈だけじゃ分からないこと、庶民の肌感覚をズパッと言ってやろうって。だから、苦労した分、足腰は鍛えられたと思っていますよ」

 

 とはいえ、国会議員にはそう簡単になれるものではない。学歴などの肩書がなければなおさら……と思ってしまうが、遠藤氏が現職に就けたのは、どんな要因があったのだろうか。

 

「地元のみなさんが『アイツは大学の“教室”で勉強してないけど、“商店街”とか“居酒屋”という“人生の教室”で、人の痛みを勉強してきたヤツや』と認めてくれたからじゃないですかね。

 

 国会議員になる前は飲食店もやっていましたし、JCで地元の祭りを仕切ったり、街の掃除をしたり……。机の上で『日本経済はどうあるべきか』を学ぶより、『今月、店の売上がヤバい』っていう経営のヒリヒリした感覚とか、『どうやったら人が集まってくれるか』っていう人間関係の機微とか、そういうのを現場で学んできました。

 

 永田町に必要なのは、立派な“知識”だけじゃない。『メシ食えてるか?』っていう“実感”やと思います。そういうところを、有権者の方が見てくれてたんじゃないですかね」

 

 だが、国会に出れば、官僚も含めてエリートずくめ。悔しい思いをしたことはないのだろうか。

 

「あからさまに『高卒が!』などと言われた記憶は、逆にないですよ。面と向かっては言わないでしょう(笑)。でも、『学歴を理由に足元見られたんちゃうか』と悔しい思いをしたこともあります。まあ、これは私の被害妄想かもしれませんけどね(笑)。

 

 でも、そういう“悔しさ”を感じるたびに、反骨精神に火がつきましたね。悔しさはガソリンですよ」

 

 高校時代について尋ねると、「不良の多い高校で」と遠藤氏は笑う。

 

「けんかなどはありましたし、警察にお世話になる手前のところまではやりました(笑)。もちろん犯罪はしていませんよ! 高校の先生がいい方で、大学は何カ所か『ここならいけるぞ』とオススメしてくれたんです。でも、親父が『遊びに行くだけなら無駄やから辞めろ』と反対して。親父は農協の就職を決めてくれましたが、私は『すぐに投げ出してしまうだろう』と思っていたので、これも断りました」

 

 遠藤氏は、高松や大阪で2年間修業し、うどん店を20歳で経営し始めた。こうした“たたき上げ”の経歴が、現職で役に立つこともあるという。

 

「『高卒で得をした』というよりも、『強みになった』と感じることは多々ありますね。

 

 第一に、固定観念や変なプライドにしばられないことです。分からないことは『これはどういう意味か』『国民にとってどういう利益があるのか』と、その分野の専門家や官僚の方々にも率直に問い、本質を見極めることができます。

 

 第二に、国民の目線にもっとも近い位置にいられることです。地元のみなさまも、私に対して『先生』と構えるのではなく、生活の愚痴や政治への不満、切実な願いを本音でぶつけてくださいます。実際、地元では『先生』どころか『エンちゃん』、ひどい奴には『遠藤』と呼び捨てにされています(笑)。政治の原点であるその『生の声』を直接聞けることこそ、私の最大の強みであり、財産やと思っています」

 

 では、遠藤氏が感じる「高卒国会議員」の存在意義とは、どのようなものだろうか。

 

「国会議員の責務は、学歴に関わらず等しく重いものですが、あえて申し上げるならば、ふたつの役割があると考えています。

 

 ひとつは、『国民生活の実感』を国政の中心に据え続けること。政治がどうしても理念や数字の議論に偏りがちななかで、『その政策で、明日の暮らしがどうよくなるのか』という、庶民の“肌感覚”を国会に持ち込み、議論の目線を合わせる『調整役』としての役割です。

 

 もうひとつは、社会の多様性を体現することです。『学歴がなくても、汗をかき、現場で努力すれば道は開ける』ということを、自らの行動で示す責務があるし、それが若者たちへのメッセージになると思っています。

 

 また、国対委員長として国会を回してきた自負もあります。永田町には国会議員が約700人おりますが、私のような立ち回りができない人も多いです。高卒の人間に国会を振り回されているということを、高学歴の国会議員はもうちょっと考えた方がいいんやないかと逆に思っているくらいですよ」

 

 学歴など関係ない。汗をかき、現場で努力すれば、道は開ける――。自らそれを実践してきた遠藤氏の声は自信に満ちあふれていた。

出典元: SmartFLASH

著者: 『FLASH』編集部

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