
れいわ新選組の山本太郎代表
「自宅に戻っても泣いてしまい、眠れませんでした」
1月21日、同党の山本太郎代表(51)が会見を開き、血液のがんの一種である多発性骨髄腫の「一歩手前の段階」だと公表。参院議員の辞職を表明したのだ。
「山本氏は1990年に『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ系)にスイミングキャップに海パン1丁、全身にオイルを塗りたくった姿で登場し、『メロリンQ!』と叫ぶ芸が人気を博して、タレントとして芸能界デビュー。その後、俳優としても活躍。2013年の参院選で初当選すると、2019年にはれいわ新選組を設立し、現在は党の代表3期めとなります」(政治部記者)
八幡氏が、山本氏から病名を告げられたのは、会見前日の20日だったという。
「山本代表から『個別に言っておかないとショックを受けるだろうから』と、直接呼ばれて話を聞きました。私は山本代表の“一番弟子”だと方々で名乗っていますから、言いたかったのでしょう。『病名は多発性骨髄腫の一歩手前で、参院議員を辞職し、衆院選にも出ない』と告げられました。驚いて、聞いた直後から涙が止まりませんでした」(以下「 」内は八幡氏)
山本氏は、“自責の念”も込めてこんな話をしたという。
「私に『無理をするなよ、頑張りすぎたらいかんよ。俺みたいになるな』と言うのです。自分自身が無理をしすぎたことを自覚していたからでしょうね。その一方で『もう少し(政治家を)やりたかった』とも話していました。すごく悔しい思いをしていることが伝わってきました」
2時間におよぶ会見を気丈にこなした山本氏だが、異変の“前兆”はあったという。
「じつは昨年の秋ごろから、ちょっと痩せたように見えていたので、支援者が心配していました。『顔が疲れている。病気と関連しているんじゃないか』と言う人もいました。本人も『何が原因かわからないけど、毎日しんどいことはしんどいな』と漏らしていたのです。12月には党の代表選で再選しましたが、医師の診断を踏まえて、自分は一線を引いて共同代表にまかせることにしたのでしょう」
山本氏は党代表は続けるものの、会見で「衆院選ではいっさい表に出ない。応援演説もしません」と宣言。代表不在という試練のなか、“一番弟子”は勝負の選挙に臨む。
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