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シャワーは60秒…陸上自衛隊イラク派遣部隊の900日

社会・政治 投稿日:2018.04.22 11:00FLASH編集部

シャワーは60秒…陸上自衛隊イラク派遣部隊の900日

 

《「お父さん、もう少し前髪を伸ばした方がいいんじゃない?」TV電話の向こうからの妻の第一声はこうであった。隣で子供が変な顔をして笑っている。やっぱり、声だけの電話と、顔が見える電話では、気分が違ってくる》

 

 防衛省は4月16日、陸上自衛隊イラク派遣部隊の活動記録(日報)を公開した。435日分、およそ1万5000ページにわたる日報には、異国で奮闘する自衛隊員たちの姿が詳細に記録されていた。冒頭の文章は、テレビ電話で久しぶりに家族と話したときの様子だ。

 

 自衛隊の派遣は、2003年の大規模な戦闘終了を受け、復興支援と安全確保を目的として行われた。活動は「非戦闘地域」に限定されていたが、実際はどうだったのか。本誌記者は、公開された日報を読破し、現地での状況を調べてみた。

 

 陸自の先遣隊が、東京から8400km離れたイラクに到着したのは、2004年1月19日。本隊第1陣は2月8日にサマーワ入りした。8日の日報では、自爆テロ情報やドラッグの密売人が活動中などと記されている。3月1日の日報では「自衛隊が攻撃を受ける可能性は否定できない」とある。この日も、近隣では米軍による住民射殺などがあった。

 

 各地で不穏な状況が続くなか、陸自はどのような任務をおこなっていたのか。
 ある日(7月15日)の支援隊長の行動はこうだ(カタカナは地名や人名)。

 

  07:15 宿営地発
  08:30-09:00 ダラージ評議会
  09:10-09:30 ダラージの浄水装置の工事現場確認
  10:00-10:30 ヒドル評議会
  10:40-11:00 ヒドル中学校の補修工事の状況確認
  12:00-13:00 アル・メアリとの懇談
  13:30 宿営地着
  14:00 宿営地発
  14:30-15:00 スウェイルの診療所を視察
  15:10-15:20 スウェイル道路視察
  15:30-15:45 スウェイル水道管視察
  16:40 宿営地着
  18:00-18:30 作戦会議

 

 このように、給水や学校・病院などの補修、首長との懇談、作戦会議などが毎日続いた。荒涼としたイラクでの任務は、終わりの見えない過酷な時間だった。

 

 日々の業務が終わると、隊員たちはシャワーをあびて全身の汚れを落とす。とはいえ水不足なので、60秒のコンバットシャワー。体を濡らすのに30秒、それを洗い流すのに30秒という短い時間しか使えない。そのシャワーも、後半になるとしばしば水が出なくなった。日誌には《帰ったら温泉に行くぞ!》などと書かれている。

 

 治安はなかなか回復しない。2004年4月には日本人3人が武装勢力に拉致され、10月以降は宿営地に迫撃砲やロケット弾による攻撃が起きた。もちろん、直接的な攻撃以外にも、各地でテロや爆発は続いている。

 

 そうした状況下、隊員たちの楽しみは、せんべい、赤飯、サンマの缶詰、スルメ、カップラーメンなど、たまに出る和食と、衛星放送で見る日本のテレビ番組だった。

 

 テレビは2005年10月に受信装置が壊れ、2カ月ほどネットニュースしか見られなくなった。日報には、《日々「浦島太郎」になっていくのを感じていた》とある。テレビが修理できたのは12月1日のことで、《「音」のない世界にテレビが帰ってくると、何か「ホッ」とする》と書かれている。

 

 12月19日、テレビから日本の演歌が流れてきた。思わずカラオケがしたくなり、担当者はちょっと弱気になって、こんなことを書いた。
《日本の演歌を聞いていて、そろそろ帰りたいな……と派遣以来初めて感じた》

 

 12月下旬になると、部隊はやや浮足立ってきた。クリスマスが近づいたからだ。米軍などキリスト教徒が多い中で、この時期は特別だった。

 

 23日には、各国合同のクリスマスパーティが開かれた。テーブルの上には、パスタをはじめ、韓国料理やルーマニア料理など様々な国の料理が並んだ。自衛隊は「ちらし寿司」と「いなり寿司」を作ったが、外国人が寿司に持つイメージは「にぎり寿司」のため、《第一印象は、「何これ……?」という感じだった》。だが、食べ終わると、みんな美味しいと褒めてくれた。

 

 25日のクリスマス当日は、作戦会議にサンタが登場し、大真面目にコメントを言いだした。食堂では聖歌隊が賛美歌を歌い、再びサンタが登場。ノンアルコールのワインやケーキが並び、アメリカに住む子供たちからの手書きカードも配られた。

 

 正月を迎えるにあたり、部隊は玄関に正月飾りと「謹賀新年」と朱書きされた紙を貼った。通りゆく各国の軍人が珍しそうに見ていく。
 夕方、女性の米軍兵士が訪ねてきた。流暢な日本語で「日本語が書いてあるので来ました」と言う。愛知県出身の米国籍の日本人で、1カ月ほど前にイラクに来たという。
 大晦日、この女性を招待し、部隊は「紅白歌合戦」を見ながら年越しそばを食べた。元旦には餅で日本気分を味わった。年末年始だけは、普段は食べられない特別な食事が並んだのだ。

 

 2006年4月23日、家族とのテレビ電話が実現した。

 

《(ある隊員の)4歳になる娘さんは、久しぶりにお父さんの顔を見たため、目から熱いものがこぼれ落ちてしまいお父さんと会話にならなかった。小さいなりに父親を心配し、「頑張って」そして「我慢して」留守を守っている様子が伝わってきた》
 

 

 任務の都合で、テレビ電話で話せなかった隊員は、5月5日のこどもの日、残念な気持ちをこう書き記している。

 

《こんな私でも顔を見て喜んでくれる存在があることはとても励みになる。できるだけこまめにメールを送り、子供達にも話しかけてあげたいと思う。お父さんお父さんと言ってくれるのも今のうちだけだろうし……》

 

 2006年は大きなスポーツの祭典が続けざまに開催されていた。 
 2月にはトリノ五輪、3月にはワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が開催されたが、著作権の関係で映像は流れず、いずれもネットの写真しか見られなかった。トリノ五輪で騒がれた荒川静香のイナバウアーという技は一体どんなものなのか、誰もが不思議がった。

 

 せっかくのスポーツイベントが映像で見られないのは残念だったが、6月16日、素晴らしいビデオが届いた。4日前に実施されたワールドカップ日豪戦のビデオが到着したのだ。隊員みんなでビデオ観戦し、当日の興奮を味わった。国歌斉唱のシーンには目頭が熱くなった。

 

 活動末期になると、大切な和食が尽き始めた。「たくさんあったゼリーはどこ行った」「パックの赤飯を1つも食べていないのに」「イカの缶詰はもうないの?」など、食べ物をめぐって《微妙な緊張感》が漂い始める。特に、ゴミ箱に「シーフード・ヌードル」のカップ麺が捨ててあったときは、複雑な感情が入り交じったようだ。

 

 6月20日、ようやく自衛隊の撤収が決定。 

 

 3日後、バクダットで市民の声を聞く会が開かれた。陸自撤収にあたって、2年半の活動の評価を聞いたところ、「日本はよくやってくれている」「莫大な資金を投じて大きな発電所を作ってくれたと聞いている」などポジティブな意見が次々に出てきた。場が落ち着いたところで、一人の女性が「私達は本当に深く感謝している。イラク国民は全員日本人が大好きです」と述べた。陸自への感謝は、確実にイラク国民の間に広がっていた。

 

 7月7日、撤収第1派の約30名がクウェートへ移動する。陸上自衛隊がサマーワから全面撤収するのは7月17日だ。
およそ900日にわたる過酷な任務は、こうして幕を閉じた。

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