
開票日当日の高市早苗首相(JMPA)
特別国会の2月18日召集がマスコミ各社により報じられた。しかし、高市早苗首相はギリギリまで日程の前倒しを検討していたようだ。
「2月9日、総選挙後の最初の会見で、『謙虚に様々な方の声に耳を傾ける』と言った高市さんが、その夜に、国会の召集日を16日にできないかと官邸幹部を通じて言ってきたようです。打診ではなく、変更したいという意思表明でした。このことは『朝日新聞』でも報じられていました」
こう明かすのは、自民党関係者だ。大手紙の政治部記者が解説する。
「総選挙前、召集日は18日と与野党で合意をしていました。与野党とも高市首相が16日に召集したいというなら、基本的には応じざるを得ないわけですが、そもそも国会の召集には天皇陛下の詔書が必要。しかも憲法の規定では、国会の召集は内閣の助言と承認により天皇陛下が行う国事行為です。形だけとはいえ、総理の都合で勝手に決めるものでもないんです」
高市首相は総選挙中には、討論番組『日曜討論』(NHK)への出演を“ドタキャン”した。リウマチの悪化を理由としていたが、日程の組み直しはなく、一部の民放のインタビューなどへの出演も取りやめた。批判が高まる中での投開票となったが、結果的に316議席という、文字通りの地滑り的な大勝利を収めた。一方、急転直下の解散となったため、年度内での予算成立はほぼ不可能だ。先の国会召集日にまつわる発言は、これに関連してくるようだ。同記者がこう続けた。
「4月1日までに本予算が成立しない場合に、成立までの“つなぎ”として組まれるのが暫定予算。直近では、2015年の安倍晋三政権で編成されました。この時は、『4月1日から11日までの分』ということで編成され、9日に予算が正式に成立しています。この時でさえ予算案の国会提出は2月12日です。今回はさらに遅れるので、暫定予算もさらに長期間になる見込みです。高市さんとしては、少しでも早く国会で本予算を成立させたいという思いがあったのでしょう。たった2日とはいえ、はやる気持ちを抑えられなかったのかもしれません」
高市首相は衆議院の解散を発表した会見で、衆参両院の常任委員会の委員長を野党に握られていることが政策推進の弊害になっているとも主張していた。かねて高市首相は、各委員会での野党委員からの質問が自分に集中することに不満を溜めていたという。
総選挙での大勝を経て、与党の議席は日本維新の会を足して3分の2を超えることになった。全ての委員会の委員長は与党が占めるのは確実で、野党委員からの質問も封じ込められたも同然になる。ところが、先の自民党関係者はこうため息をつく。
「国会は議長を頂点とする三権の一角。高市さんは、閣議決定した閣法を、内閣総理大臣として国会に提出して審議をしてもらう立場です。今回のように国会の日程に簡単に口を出すようなことは、自民党の同僚議員からすら国会軽視と受けとられかねません」
次は、内なる敵との戦いということなのか。
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