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【発生から28年】「和歌山カレー事件」長男が明かす今「母・林眞須美は排泄までカメラで監視されている」

社会・政治 記事投稿日:2026.04.07 06:00 最終更新日:2026.04.07 06:00

【発生から28年】「和歌山カレー事件」長男が明かす今「母・林眞須美は排泄までカメラで監視されている」

自宅の跡地に立つ林氏(長男)。2000年に放火のため全焼したが、壁の落書きを消した跡がいまも残る(写真・木村哲夫)

 

 ストリートミュージシャンがのんびり歌う、日曜午後のJR和歌山駅前。「バイクで行きます。近くに停めてから、そちらに向かいます」というショートメールを確認したあと少し待っていると、やがて人混みの向こうに長身の林くん(私はこう呼んでいるので、ここでもそう表記させていただく)の姿が見えた。肩までかかる長めの髪、上下ともに黒で統一した服装。黒縁眼鏡の向こうに見える穏やかな表情は、彼の部屋でしこたま酒を飲んだときと変わらない。

 

 それから2年が経つ。

 

 1998年7月、和歌山市の夏祭りで提供されたカレーに毒物が混入され、4人が死亡、60人以上が中毒症状を起こした「和歌山カレー事件」。林くんは、その犯人とされ、2009年に最高裁で死刑が確定した林眞須美死刑囚の長男である。事件当時は小学校5年生だった。同事件は冤罪である可能性が高く、鑑定結果に疑問を感じていた私は、あるきっかけで数年前から林くんと交流を持つようになっていた。

 

 歩きながら、まずは気になっていたことを聞いてみた。数日前にSNSでやりとりをした際、「いまは友人宅に居候状態で、自宅と呼べる場所がない」と書かれていたのだ。いかにも男のひとり暮らしといった印象だった部屋は、2025年夏ごろに引き払ったらしい。当時、ドキュメンタリー映画『マミー』が公開されたことで状況が変わったのだという。

 

「映画がちょっと話題になったあと、近所のコンビニに行って帰ってきたら、Xに『なにを買ったんですか?』みたいなメッセージが入ってたんですよ。なにを伝えたいんだか、目的がわからなくて。そういうことが何度かあって、住めなくなったって感じです。住めなくなったっていうよりかは、ちょっと怖くなって。それで引っ越しましたね」

 

 気味の悪い話である。しかしそれでも、休みのたびに取材を受けたり、トークイベントや講演会に呼ばれたり、月に一度くらいのペースで大阪拘置所まで赴いて母親と面会したりなど、これまでと同じペースは維持できているようだ。

 

■意識を失い、気づいたらオムツを穿かされていた

 

 母親、すなわち眞須美死刑囚については、林くんが2025年10月21日にXへ投稿した内容について確認したかった。彼女は10月11日に救急車で運ばれ、神経症と診断されたというのだ。精神的に強い人だとは感じていたが、それでも負担は大きかったのかもしれない。

 

「意識を失って、気がついたらオムツを穿かされてて、救急車で外の病院へ行ったって。でも、それ以降は記憶がなくて、わからないっていう感じではありましたね。記憶が戻ったときには部屋にいたと話してました。本人いわく、女性の年齢的な症状(更年期障害)が強かったみたいな。それで精神的に乱れて、神経症って診断されたようです」

 

 拘置所側が食事を制限するなどした結果、次の面会時にはかなり回復していたという。だが、2026年で65歳というだけあって、顔にはほうれい線が増え、歯も抜けているようだ。

 

「あまり治療はしてもらえてない感じです。まあでも年相応というか、だいぶやせて50kg台をキープしてるって。やっぱ女性なんでね」

 

 ところで去る3月16日、大阪弁護士会が女性死刑囚の人権救済の申し立てについて、大阪拘置所に改善勧告をしたとの報道があった。女性死刑囚は2002年から監視カメラつきの部屋に収容されているため、排泄(はいせつ)行為や着替えを刑務官に監視されるのは人権侵害だと訴えたのである。この点について林くんは、眞須美死刑囚との面会時に驚くべき話を聞いていた。

 

「報道には出ないんですけど、(排泄後に)『今日はぎょうさん出たな』みたいな、嫌がらせみたいなひと言があるから嫌だっていうんですよね。着替えするときにも監視カメラで男性職員に見られたり、女性職員から『ちょっとやせたんじゃない?』とか言われたりするのも嫌だと。あの場で過ごしていないとわからないような“ちょっとした嫌なこと”ですし、“本人いわく”なんですけど」

 

 この件に関しては、編集部が法務省に質問状を送ってくれた。先ほどその返答が届いたので明記しておこう。

 

「ご指摘いただいている事案については承知しておらず、見解を述べることは差し控えます」(法務省矯正局)

 

 林くんと再会したこの日に私は初めて、事件の現場となった市内の園部地区に足を運んだ。500人もの報道陣が昼夜を問わず詰めかけ、空に多くのヘリコプターが飛んでいたあの場所である。当時のメディアスクラムは、テレビを通じて多くの人の目に映ったはずだが、あのような騒動があったとは信じられないほど閑静な住宅地であった。林家のあった土地だけが、黒いビニールシートに覆われていた。

 

 このときのメンバーは林くん、編集者、カメラマン、そして私の4人。ふと、こうしてうろうろしていて警戒されないのかと不安に思う。

 

「まあまあよくないと思います。周辺の家はどこも敏感にはなってるので、カメラ持って歩くと通報されちゃったり。ただ、たぶん僕のことはわからないと思います。僕、顔出ししたことないんで」

 

 ふと林くんが、「ここが門のあった場所です」と懐かしそうに身をかがめた。そして、残されたコンクリート部分を指でなぞりながら、「手放しで幸せを感じることができたのは、ここにいたときだけだった。楽しかったのは、あのときまで」と呟く。

 

 事件で両親が逮捕されたあとは、児童養護施設での暮らしを余儀なくされ、壮絶ないじめにも遭った。社会に出てからも仕事を得るのに苦労し、結婚話も破談となった。長姉は自死し、次女、三女とは交流が途絶えている。

 

「毎年(事件のあった)7月になると、『あれから〇年』ということでマスコミがわーっと押し寄せてきて。なかなか(精神的に)来るんで、淡々とこなすというか。でも、ほかの事件の再審がどんどん開始されたりしているなかで、この事件に関しては答えを出してくれない。そういうことの連続で、やっぱりすごく落ち込んだりもします。父親と一緒に、『またダメだったな……』ってショックを受ける感じです」

 

 一人暮らしをする父親の健治さんは現在80歳。容易に歩けない状態なので、林くんだけが、母親の無実を訴えるために尽力している。しかしそれでも、父親の存在が支えになっているようだ。

 

「大きいですよね。あの人がいなかったら、ひとりで続けるのは難しかったかもわかんないです」

 

 ちなみに当時の警察や一部のジャーナリストが、真犯人に目星をつけているという噂を聞いたこともある。その点については、どう思っているのだろう。

 

「それは、その人たちの“それなりの根拠”なので。けっこう(真犯人に)近いところまできてるとは聞くんですけど、公の場で言えるような、証明できるものがない。映画やドラマでは、『真犯人が現れて』みたいな、気持ちよく終わるような結末を求められがちではありますよね。でも、実際にはそうはいかないというか」

 

■眞須美死刑囚から寄せられた肉声

 

 意外だが、真犯人が捕まってほしいと思ったりはしないのだという。もちろんそれが理想ではあるのだろうが、もっと大切なことがあるからだ。

 

「僕たち林家としては、母親がやってないってことが証明できればいいので、犯人を見つけることにあまり目が向いていないというか。自分たちにかけられた嫌疑を晴らしたいっていう思いだけで」

 

 現地を歩きながらそんなことを話しているとき、ふと強い視線を感じた。そちらに目をやると、民家の2階で携帯電話を耳に当てた女性がこちらを睨みつけている。

 

「ああやって通報されちゃうんですよ」。さして驚いた様子でもなく、林くんが言う。

 

 最近はYouTuberがカメラを回して練り歩いたりもするそうなので、感情を逆なでされるのも仕方ないのかもしれない。とはいえこの事件に関しては、事実と推測、そして誤解が複雑に絡み合いすぎている。そのため残念ながら、真相はなかなか明らかになりそうもない。

 

 なお、この原稿を書いている日は、偶然にも林くんと眞須美死刑囚との面会の当日だった。「今日は面会です」と連絡が届いたので、なにかひと言をお願いしておいたところ、本人から「再審に向けてがんばります」とのコメントをいただけた。

 

 このように目立つ事件が起こると、私たちは無意識のうちに“根拠のない犯人探し”や個人攻撃をしてしまいがちだ。しかし、その一方で当事者が、真実を訴えるために闘っていることを忘れてはならない。

 

取材/文・印南敦史
いんなみあつし 作家・書評家。林家の長男と数年来の交流を持ち、著書『抗う練習』(2024年、フォレスト出版)では対談もおこなっている

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出典元: 週刊FLASH 2026年4月14日号

著者: 『FLASH』編集部

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