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池上彰が教えてくれた『資本論』なぜ派遣切りが起きるのか

社会・政治FLASH編集部
記事投稿日:2018.05.31 16:00 最終更新日:2018.05.31 16:00

池上彰が教えてくれた『資本論』なぜ派遣切りが起きるのか

 

「マルクス主義は、5分でも、5時間でも、5年や半世紀かけてでも解説できるという特異性を持っている」

 

 フランスの社会学者で、マルクス研究の第一人者、レイモン・アロンの言葉だ。

 

 その思想の普遍性と難解さを同時に表わすこの言葉が事実なら、「マルクスと『資本論』」を5分で理解できる解説を聴いてみたい。こんな身勝手な依頼に、ジャーナリストの池上彰氏が応えてくれた。

 

「マルクスは『人間の労働こそが富や価値を生み出す源泉である』と考えました。これが『労働価値説』です。しかし、資本主義社会では、労働者は労働するたびに搾り取られ、一方の資本家は労働者が価値を生むことによって資本をどんどん増やしていく。

 

 これは、べつに資本家がカネの亡者だからではなく、それが資本主義の構造なんだということを、『資本論』で初めて論理的に解明したのがマルクスでした」

 

ーーマルクスは「労働者と資本家は対等だ」と主張したようです。だけど、現実は、ほど遠いのはなぜですか?

 

「労働者は資本家に労働力を売る。資本家はその労働力を買う。この関係において両者は対等なんです。ところが、労働者には労働力を売るしか生きていくすべがないので、結果的に、資本家に従属していくことになるのです。

 

 ここでいう『労働力』とはどんなものか。

 

 マルクスは『労働力の再生産』の費用が労働力の値段であると言っている。労働力の再生産とはなんでしょう。仕事してくたびれて家に帰って食事をして睡眠をとって、翌日もう一度、会社や工場に働きに出ていく。そのために必要な費用が労働力の再生産費用で、これが労働者の賃金になるわけです。

 

 労働によって新たな商品を生み出せば、高く売れるようになる。その差額の部分をマルクスは『剰余価値』と呼んだのです。しかし、そのぶんは労働者の賃金に反映されることはないのです」

 

池上彰が教えてくれた『資本論』なぜ派遣切りが起きるのか

 

ーーその剰余価値は、本当なら、労働者がもらえるのではないのですか?

 

「労働者はそのぶんを『搾取』されているのです。『搾取』を発見したのがマルクスの画期的なところです。資本家は、当然ながら、少しでもコストを下げ、利益を最大化しようとする。コスト減のために、労働者の賃金を引き下げ、長時間働かせようとするわけです。

 

 そうしないと、ライバル企業との競争に負けて、会社が潰れてしまうからです。

 

 資本家が人道的に労働者のことを考えるなら、給料を上げればいいわけですが、それだと利益がなくなります。どうしても利益が上がらない場合は、労働者をクビにせざるをえない。

 

 つまり、冷酷な経営者ほど、うまくいくということになる。そして資本家も人間らしさを失い、資本家自身が資本に使われるようになるというわけです。

 

 資本家同士が激しい競争を繰り広げた結果、過剰生産になる。過剰生産になれば物が売れなくなって不況になる。さらに深刻になると、恐慌になるとマルクスは言っています。

 

 それによって、大量の労働者が首を切られて、大量の失業者が発生する。資本主義のきわめて非人道的な構造です」

 

ーー 一方でマルクスは、資本主義が労働者を成長させるとも言っていると聞きましたが?

 

「資本主義が発展すると、労働者たちは大規模な工場で、みんなで一緒に働くことになるわけです。みんなで行動し、あるいは労働組合を作り、組織運営を経験することで、労働者の力もついてくる。そして、資本主義を引っくり返すことができるようになると『資本論』には書いてあるのです。革命です。

 

 しかし、マルクスは革命後の社会主義の姿については、じつは、はっきり語っていないのです。ロシアで革命を起こしたレーニンやスターリンは、資本主義の逆をやればいいと考えました。企業同士の競争が労働者を苦しめているなら、国営企業にして競争をなくせばいいだろうと思ったのです。

 

 そうなると、働いても働かなくてもクビにはならないわけですから、結局、みんなさぼってしまった。経済が成長しなくなって、やがて、ソ連が崩壊するわけです」

 

ーーその社会主義国の誕生と崩壊が、資本主義陣営に影響を与えたんですよね?

 

「資本主義陣営は革命を起こされては大変だからと、労働者のために社会保障を充実させたんです。それによって、労働者の不満も収まり、質のいい労働が再生産されるようになった。これが福祉国家の誕生です。

 

 しかし、ソ連が崩壊すると、新自由主義経済が出現し、経営効率至上主義になった。最大限の利益を上げるために、労働者からは搾り取るだけ搾り取ればいいという発想です。

 

 また、正社員にすると簡単に首を切れないから、パートやアルバイト、派遣労働など期間限定で、期間が終われば首を切れる雇用形態を増やしたわけです。

 

 そして、アメリカでリーマン・ショックが起きてから、あっという間に日本でも雇い止め、派遣切りが起きたのです。派遣切りに遭った労働者たちは、仕事を失い、住む場所も失い路上生活者になるしかなくなった。

 

 かつて、マルクスが描いたイギリスの労働者たちと、どこが違うんだという状況になってしまったわけです」

 

ーーその後も格差は拡大し続けている。だから今こそ、マルクスは再評価されるべきだと池上氏は結論づけた。

 

「社会主義は嫌だなと思っていたら、その社会主義がなくなって、むきだしの資本主義に戻った。これも嫌だなということで、いまマルクスが再評価されているんだと思います。『資本論』が書かれた当時から150年を経て、いま、マルクスはよみがえったのです」

 

(週刊FLASH 2018年5月22日号)

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