火事現場近くには、消防車などが駆け付けた(写真・梅基展央)
「日本一の歓楽街」が、恐怖に包まれた。
10月22日午後6時15分ごろ、東京都新宿区歌舞伎町1丁目にある5階建ての雑居ビルで、火災が発生した。社会部記者が語る。
「東京消防庁によると、火元はビルの4階部分とみられ、ポンプ車など22台が出動して消火活動にあたりました。現場は多くの人が行きかう夕暮れどきということもあり、周辺は一時、騒然となりました。出火からおよそ2時間半後に火は消し止められ、幸いにも、逃げ遅れやけが人は確認されていません」
現場に駆けつけた記者が語る。
「鎮火しているとはいえ、火災特有の、こげたような煙の臭いが辺り一帯に立ちこめていました。現場となったのは細長い雑居ビルで、隣接する建物との距離も非常に近く、隙間がほとんどないほどです。飲食店や風俗店が密集する一角であり、ひとつ間違えれば、周辺のビルを巻き込む大惨事になってもおかしくありませんでした」
実際、現場近くで長年、店を経営している店主は、出火当時にこんな不安を感じていたという。
「一時、煙が通りを覆い、まわりが見えない程でした。25年前の火災を思い出しました。しかし、今回はけが人も出ず、よかったと思います」
細長いビル特有の構造と、隣接する建物との近さ。大惨事にならなかったのは不幸中の幸いといえるだろう。
現場の店主の脳裏をよぎった「25年前の火災」とは、戦後の日本において、火災として5番めの被害を出した大惨事だった。前出の社会部記者が解説する。
「ちょうど25年前の2001(平成13)年9月1日未明、同じ歌舞伎町の雑居ビルで発生したビル火災のことです。この火災では、3階のエレベーターホール付近から出火したとみられる火と煙が、瞬く間に上階へ達し、3階と4階の店舗にいた客や従業員ら44人が死亡、3人が負傷するという大惨事となりました。多くの死傷者を出した最大の原因は、階段などの避難通路に大量の荷物が置かれ、避難経路の確保が不十分だったためとされています。この火災を重く見た国は、翌2002年に消防法を大幅に改正し、雑居ビルなどの安全対策が厳格化されました」
今回の火災現場も、飲食店が密集する歌舞伎町の一角だった。“25年前の悲劇”の再来かと思われたが、奇跡的に犠牲者はゼロだった。過去の教訓が、最悪の事態を防いだのかもしれない。
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