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50代男性「年収100万円ダウン」をもたらす「高プロ制度」

社会・政治 投稿日:2018.08.02 11:00FLASH編集部

50代男性「年収100万円ダウン」をもたらす「高プロ制度」

 

 6月、「高度プロフェッショナル制度」(以下高プロ)が国会で成立した。対象者は事実上、労働時間規制が外され、残業代もなし。目下の適用条件は「年収1075万円以上」とされるがーー。

 

 高プロは今のところ、適用条件が不透明だ。対象者は「年収1075万円以上」「高度の専門的知識等がある人」と曖昧な目安があるだけ。野党は具体的な内容を追及したが、政府は「法案成立後の省令で検討」とかわしてきた。

 

 

 批判が強かった長時間労働の防止策として「年104日以上、かつ4週間で4日以上の休日確保」という義務をつけた。しかしこれだと、月初めに4日休ませれば、残り24日間、毎日24時間連続勤務させることが、理論上可能になる。

 

 そのほかに、

 

(1)終業から始業までの一定休息時間の確保
(2)労働時間の上限設定
(3)年に1回以上の2週間連続の休日取得
(4)臨時の健康診断の実施

 

 という4つからひとつの制度を導入する必要を付した。しかし、もっとも簡単な健康診断が選ばれるだけだ。

 

 じつは経団連は2005年、高プロと同じ内容の米国の制度「ホワイトカラー・エグゼンプション」の導入を政府に提案していた。しかし、マクドナルドの直営店主が起こした訴訟が、導入に一石を投じた。

 

 現場仕事もする店長が、「管理監督者」とされ、未払いだった残業代を求めて起こした裁判で、店長側が勝訴したのだ。このとき生まれた言葉「名ばかり管理職」は流行語にもなった。

 

 経団連としてはようやく悲願がかない、今度は、対象年収の引き下げと、あらゆる業務への適用拡大を求めている。

 

 ブラック企業被害対策弁護団の明石順平弁護士は、適用拡大は避けられないと語る。 

 

「企業のコストカットのために立案したのが高プロです。最後は年収400万円以上の人の残業代がゼロになりますよ」

 

 労働者から搾取する法律は、高プロが初めてではない。日経連(現経団連)が1995年に「非正規社員の活用」を提唱してから、正社員を非正規に置き換える動きが加速。政府もそれを援護すべく、一部業務の労働力派遣を認可した派遣法(1985年成立)の対象業務を拡大、1999年には原則自由化に踏み切った。

 

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 増え続けた派遣労働者を待っていたのは、2008年のリーマン・ショックによる大規模な「派遣切り」。仕事と住居を失った多くの派遣労働者が年末、食べ物を求めて日比谷公園(東京)に集まった「年越し派遣村」は忘れられない。

 

 正社員でも、安全ではなかった。派遣法と同時期に創設されたのが、「(専門業務型)裁量労働制」。専門性の高い対象業務については、1日の労働時間を10時間とみなし、法定労働時間を超えた2時間分の割増賃金分の手当をつければ、それ以上は残業代を支払わなくてもいい制度だ。
 ただ、深夜労働や法定休日労働は残業代を支払う義務がある。

 

 そして、裁量労働制も派遣法と同様の歴史を持つ。1998年には、財界の強い要望により、経営に関わる企画・調査・分析などの業務にまで対象を拡大する「企画業務型裁量労働制」が認可された。

 

 じつは政府は、高プロの導入とともに、裁量労働制の営業職への拡大を狙っていた。しかし、厚労省によるデータの改竄疑惑と、さらに、企画業務型裁量労働制が適用されていた野村不動産の50代の社員が、過労自殺して労災認定を受けていた事実を隠蔽していた疑いが発覚し、頓挫した。

 

 高プロ導入後について、労働者の精神衛生に詳しい心理学博士の榎本博明氏が語る。 

 

「日本人は使命感ややりがいに縛られやすく、倒れるまで働きがちです。政府は『時間に縛られずに自由に働ける』と言っていますが、時間で守られなくなったら過大なノルマを課せられて、労働環境はさらに悪化します」

 

 今後、高プロ対象者が増えていくのは確実だ。かつて経団連の榊原定征前会長(75)は、会見でこう話した。

 

「全労働者の10%程度が適用を受けられる制度にすべきだ」

 

 全労働者の10%は、500万人程度。高プロを適用された人は残業代がなくなる。仮に基本給が30万円で月に35時間残業すれば、割増分の残業代は年間100万円を超えるが(厚労省の「毎月勤労統計調査」をもとに算出)、このぶんが年収から減る。

 

 さらに過大なノルマで過労死のリスクが高まる。総務省の調査によると、月35時間以上残業している50代男性は、全体の約40%。年収100万円ダウン時代の到来だ。

 

 会社に使い捨てされないためにはどうするべきか。政府は、「時間指定など裁量制を妨げる行為」があれば、高プロ適用を外れ、さかのぼって残業代を請求できるとしている。

 

 ただ、高プロを導入した企業には、労働時間の細かい内容の管理が義務づけられない。 

 

「高プロ適用の同意を拒否するという手もありますが、会社には逆らえないでしょう。そこで、労働時間の記録は絶対に取っておくべきなのです。自動的に行動を記録するGPSアプリの利用や、出退勤時に会社のPCから自分や家族宛にメールを送ることがおすすめです」(前出・明石氏)

 

 高プロ制度の導入によって、多くの企業が “騙し打ち” でブラック化していく時代が迫る。「迷ったら逃げろ」が鉄則だ。

 

取材/文・溝上憲文
みぞうえのりふみ 1958年生まれ ビジネス誌などで人事・雇用・賃金問題を中心に執筆するジャーナリスト

 

(週刊FLASH 2018年7月17日号)

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