社会・政治
トランプ大統領との自動車戦争、日本はこう攻めろと元経産官僚
社会・政治FLASH編集部
記事投稿日:2018.12.05 16:00 最終更新日:2018.12.05 16:00
「日本では100キロのボウリング球を20フィート(約6メートル)の高さから車のボンネットに落としてテストする。それでへこんだら不合格になる。なんとひどい国だ!」
これはトランプ大統領が安倍晋三総理と自動車問題を語るとき、口癖にしているセリフだ。日本市場の閉鎖性を象徴する事例として、トランプ大統領が繰り返し語るエピソードだ。
米国は常々「日本の自動車市場には非関税障壁がある」と主張する。かつて私自身も経済産業省時代に米国と自動車交渉をしていた頃、米国の理解不足、誤解に何度も直面して辟易した。なかでもトランプ大統領自身の誤解は強烈なのだ。
確かにこうしたテストを行っているのは事実だ。しかしこれは歩行者を保護するため、人の頭部がぶつかっても大丈夫なように、車のボンネットが十分柔らかいかどうかを確認するものなのだ。
したがって、ボンネットが「へこんだ方が合格」する。トランプ大統領が言う、「へこんだら不合格」とはまったく逆なのだ。
しかもこの歩行者保護のためのテストは国際基準になっており、米国以外の世界各国が採用している。米国だけが特殊なのだ。
もちろん日本はこれまでも米国に事実を丹念に説明している。
問題はトランプ大統領自身で、安倍総理に会うたびに、このセリフをくどいぐらい繰り返すのだ。その都度、安倍総理は根気よくトランプ大統領に説明している。
しかしまた日が改まると、何事もなかったかのようにこの話題を持ち出すのだ。トランプ大統領の頭に一度刷り込まれたものはなかなか消せない。
話はこれで終わらない。
実は米国政府は、国際基準に合わせるために米国の制度改正の準備をしていたのだ。そこにきてトランプ大統領のこの驚きの発言だ。米国政府も制度改正を大統領に言い出せなくなってしまった。
こうした笑うに笑えない事態が政権内で起こっている。
2018年9月、トランプ大統領は国連演説においてグローバリズムを明確に拒否した。世界貿易機関(WTO)に対する批判も強め、WTOの脱退までちらつかせている。
日本もその米国問題の標的にされそうになっている。
日本と米国の間には、かつて、大きな自動車摩擦があった。1995年の日米自動車交渉が「第一次自動車戦争」だとすると、これから始まるのは「第二次自動車戦争」だろうか。
今後の新交渉に臨むに当たって、注意しなければならないことがある。日本は「受け身一辺倒」にならないことだ。日本はメディアも含めて、伝統的に「米国から攻められるのをどう守るか」にばかり関心がいく悪い癖がある。
しかし交渉は相手を攻めることも大事なのだ。攻撃は最大の防御だ。
具体的に米国を攻めるべきポイントは「米国の自動車関税」だ。実はこれが米国のアキレス腱であることは、あまり知られていない。
ビッグスリー(GM、フォード、クライスラー)の儲け頭であるピックアップトラック、SUV(スポーツ用多目的車)などには、「ライトトラック」として25%の関税がかけられている。乗用車では収益を上げられないビッグスリーにとってこれを死守することは死活問題だ。
驚くことに米国は50年以上も前からこの高関税を譲らない長い歴史がある。米国の「ライトトラック」へのこだわりは尋常ではない。
米国が参加していた頃のTPP交渉でも、ライトトラックの関税はTPP発効後29年間、25%を維持して、30年後に撤廃することで合意した。30年はTPPの関税撤廃で認められる最長の期間だ。EV(電気自動車)などの台頭で激動の自動車産業は30年後には様変わりで、そんな先の関税撤廃を約束してもほとんど無意味だ。
冒頭で紹介したトランプ大統領の発言のように、日本に対しては、検査などの非関税の障壁があって日本市場は閉鎖的だと問題にする米国のセリフは、20年前とほぼ同じだ。その都度米国の誤解を解くべく丁寧に説明し続けてきたのは当然だ。
そのうえで、できるだけの優遇措置を米国車に講じることもしてきたが、それにもかかわらず、日本市場で販売シェアを伸ばすのはドイツ車を中心とする欧州メーカーだ。欧州メーカーは1995年の2.6%から2017年には5.6%まで伸びた。
他方、米国車は1.4%から逆に0.2%まで低下したのだ。とうとうビッグスリーも諦めて日本市場から既に撤退したり、撤退モードであったりする。要するにこれは販売努力の差だ。
米国メーカーは儲けている米国市場を守ることに必死だ。したがって自動車分野はむしろ日本が米国に対して要求する「攻める」分野だ。米国は日本からの関税引き下げ要求をかわすために、日本市場の閉鎖性をわざと言い続けているという本質を見抜かなければならない。
米国の主張を額面通りに受け取って、あたかも日本市場の問題が焦点になるという報道ばかり目立つが、これでは米国の思うつぼだ。今後も、そういう日本のメディアの悪い癖である「自虐的な報道」には注意したい。
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以上、細川昌彦氏の近刊『暴走トランプと独裁の習近平に、どう立ち向かうか?』(光文社新書)をもとに再構成しました。鉄鋼摩擦、自動車摩擦などを経験し、元日米交渉担当者を務めた「貿易のプロ」による緊急提言です。