「拉致被害者の田中実さんが、結婚し妻子とともに平壌で生活していると、2014年以降、北朝鮮が日本側に伝えていた」
2月15日、共同通信が突如報じた。田中実さん(失踪当時)とは、神戸市の元ラーメン店員。1978年にラーメン店主で北朝鮮の元工作員とされる男に誘われ、成田空港からウィーンへ出国し、行方不明になっていた。
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その後、北朝鮮に拉致されたという供述を得て、政府は2005年4月に拉致被害者として認定していた。同じラーメン店の店員で、1979年に行方不明になった金田龍光さん(同26)も、妻子と平壌にいるという。
金田さんは、出国記録が確認されず、特定失踪者に認定されていた。
本誌は他メディアに先駆け、2008年7月22日号で、田中さんが北朝鮮に拉致され、生存している可能性を報じていた。
元工作員の証言で、田中さんらの拉致実行犯と名指しされたラーメン店主は5年前に他界。その妻が本誌に語った。
「(田中さんのこと)は兵庫県警からも聞かれました。でも、話す前に主人は亡くなってしまった。そういうことにして。シークレット。田中さんは平壌でそれなりの人間らしい生活をしているはずだと、主人は言っていたことがあります。
帰りたくないと言っているということは、そういうことじゃないですか。でも、主人は実行犯じゃありませんよ」
だが、拉致被害者の救出に長年関わってきた当事者は、今回の報道に驚いてはいない。
じつは、北朝鮮は田中さんの生存について、これまでの日本政府との複数回に及ぶ接触の間に伝えていたようだ。だが、日本政府は公式な見解を示していない。
拉致被害者救出運動を長年おこなう「救う会」の西岡力会長はこう強調した。
「情報源は北朝鮮の統一戦線部でしょう。北朝鮮は、身寄りのない田中さんらを返そうというつもり。拉致問題解決に向けて進展しているように見せ、日本からカネを出させたい。そのための揺さぶりですよ」
特定失踪者問題調査会の常任顧問・岡田和典氏も同様だ。
「今回新たにわかったのは、『平壌で妻子とともに暮らしている』ということだけ。たしかに、日朝関係筋が水面下で折衝しているのは間違いない。
しかし、北朝鮮は韓国をうまく抱え込み、27日からは米朝首脳会談がある。融和的になりつつある米韓に対し、経済制裁を強硬に主張しているのは日本だけ。北朝鮮が日本に揺さぶりをかけるとしたら、拉致問題しかない」
「コリア・レポート」編集長の辺真一氏は、報道の背景に安倍政権の軟化の兆しがあると指摘する。
「米朝関係と南北の急展開が起きた。春の統一地方選や今夏の参院選も控え、外交でポイントを稼ぎたいと安倍(晋三)首相が考えても不自然ではありません。この2人を突破口に、拉致問題の進展を図ろうとしているのではないでしょうか」
被害者を置き去りに無情な争いは続く。
(週刊FLASH 2019年3月5日号)