「昼12時ごろ、チャイムが鳴って玄関を開けたら、刑事にいきなり両手を摑まれて引っ張り出されました。『何すんねん』と抵抗しましたが、『おとなしくしろ! 署まで来い』と、20人近い刑事に囲まれてパトカーに乗せられたんです。
なぜかマスコミまでいて、カメラのシャッター音が響くなか、パニックで頭が真っ白になりました」
本誌にそう怒りを露わにするのは、兵庫県尼崎市の会社員・Oさん(33)だ。
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6月16日、大阪府吹田市の千里山交番で起きた襲撃事件。拳銃を奪った飯森裕次郎容疑者(33)が翌日に逮捕された。飯森容疑者は逮捕直後、「私のやったことではない。まわりの人がひどくなったせいだ」などと供述し、容疑を否認。
しかしその裏で、じつは大阪府警は、Oさんを犯人として “誤認逮捕” していたのだ。
あまりに間抜けな大阪府警の捜査をもたらしたのは、飯森容疑者がかけた、1本の「虚偽通報」だった。
事件当日の早朝5時半ごろ、飯森容疑者が「空き巣被害に遭った」と偽の110番通報をしたことは、すでに報じられているとおり。このとき、飯森容疑者が名乗ったのが、Oさんの名前と実家の住所だ。
交番から2人の警官がOさんの実家に向かっている間に、交番にひとり残っていた古瀬鈴之佑巡査(26)は、刃渡り15センチの包丁で襲われ重傷を負った。
G20開催直前の大失態に、大阪府警は大慌て。早期の犯人逮捕を焦るなかで、名前を騙られただけのOさんは、犯人と決めつけられ、冒頭のように、有無を言わさず身柄を事実上拘束されてしまったのだ。
「豊中署に連行された私は、指紋や写真をとられたうえに複数の刑事に囲まれ、『お前がやったんやろ!』と、いきなり怒鳴りつけられました。
『知らない』と言っても信用してくれないし、『アリバイはあるのか?』と、威圧的に尋問されたんです」
1時間近く続いた尋問のなかで、Oさんの頭に浮かんだのが「真犯人」の名前だった。
「直感的に、『この事件は飯森がやったんじゃないか』と思ったんです。じつは飯森とは、小中学校時代の同級生なんです。同じ野球部所属で、私はキャプテンをやっていました。
ただ、彼は印象が薄くて……。後日、当時のチームメイトと話したら、『飯森がいじめられていたとき、お前がよく助けてたよな』と言われましたが、正直、覚えてなくて」
ところが2019年3月、フェイスブック経由で突然、飯森容疑者から「年賀状を出すから住所を教えてほしい」とメッセージが送られてきたという。
「ほかの同級生50人ぐらいにも同じメッセージが来たという噂を聞いて、なんだか気持ちが悪くて無視していました。でも、何度もメッセージが来るので、一度だけ返事を返したんです。
そうしたら、あの事件の前日に、飯森から『地元に帰ってきてるから飲みに行かない?』と、また送られてきて。無視していたら、その夜、フェイスブックの通話機能で、数分おきに50回近く電話がかかってきました。
尋問中に、この奇妙な電話を思い起こして、『飯森に違いない』と思ったんです。ちょうどそのころに、飯森の父親が『あれは自分の息子だと思う』と通報してきたそうで、私は30分以上放置された後、釈放されました。6月21日には、豊中署の刑事が自宅に菓子折りを持って謝罪に来ました」
じつはこのとき、同じ豊中署で、Oさんの兄(36)も取調べを受けていた。本誌は、Oさんの兄からも話を聞いた。
「朝、事件をニュースで見てびっくりしていたら、しつこくピンポンが鳴らされたんです。ドアを開けたら10人ぐらいの刑事がいて、『事件のことを知らないか?』と、さっきニュースで見ていたことを聞いてくるわけですよ。
近所の目もあったので、自分からパトカーに乗りました。署に着いたら、『完全に私が疑われている』と感じましたね。わざわざ京都大学から来た先生の手で、噓発見器にもかけられてね」
飯森容疑者の「偽電話」に踊らされた大阪府警の大失態−−。“誤認逮捕” の裏には、初動捜査のミスがあった。Oさんの兄が続ける。
「“釈放後” に母から聞いたのですが、事件当日の朝に刑事が何人も来て、防犯カメラの画像を見せられ、『あんたの息子やろ』と問いつめられたそうです。突然の出来事にパニックになった母は『うちの息子や』と口走ってしまったんです。警察は母の言ったことを鵜呑みにしたんでしょう」
一方で、飯森容疑者はなぜOさんの名前を騙ったのか。
「まったく思い当たる節がないんですよ。事件後、家族で話し合いましたが、そもそも彼と関わった記憶がないんです。せめて大阪府警には、これからの取調べで、そこを明らかにしてほしいですけどね」(Oさん)
本誌記者がOさんの兄に話を聞いていると、目の前で携帯電話が鳴った。「お詫びをしたい」という大阪府警からのものだった。だが今も、Oさん兄弟の気持ちは収まっていない−−。