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【1940年、幻の東京五輪】(2)オリンピックで儲けろ!グッズが大量に商標登録の奇々怪々社会・政治 投稿日:2016.05.09 19:03

 1940年に開催するはずだった「幻の東京オリンピック」。その裏側を、著述家の夫馬信一氏が徹底取材した。


 

【1940年、幻の東京五輪】(2)オリンピックで儲けろ!グッズが大量に商標登録の奇々怪々

氾濫する五輪グッズ(内閣情報部『写真週報』第8号より)

 

 1936(昭和11)年8月1日から開会されるベルリン・オリンピックを控えて、同じベルリン市内では7月29日よりIOC総会が開かれていた。その最終日の7月31日、第12回大会の開催都市が決定された。

 

 最終的にはフィンランドの首都ヘルシンキとの一騎打ちとなり、東京36票、ヘルシンキ27票という投票結果で東京に決定したのだ。

 

 このニュースは、市職員らが徹夜で待つ東京市庁舎に飛び込んだ。市庁舎にはたちまち「万歳」「乾杯」の声がわき上がる。牛塚虎太郎東京市長の主催で名士が列席する祝賀午餐会が開催され、ラッパ隊率いる祝賀行列が市内各所を練り歩く。

 

 飛行機からはチラシが散布され、東京市営バスをはじめ、街角には日の丸と五輪旗が乱舞。さらには市電や動物園などで、東京オリンピック開催決定記念の切符が発行される……と、空前の五輪フィーバーが東京全市を包み込んだ。

 

 当時の日本のショービズ界も、この流れに乗り遅れまいと必死だった。

 

 東京・日比谷の東京宝塚劇場では、屋上に五輪旗を高々と掲げて宝塚少女歌劇月組がオリンピック・レビュー「起てよ若人」を堂々上演。

 

 内容はベルリン・オリンピックを舞台にしたものだが、もちろん東京開催決定を大いに意識していたことはいうまでもない。

 

 その他にも、人気コメディアン古川緑波(ロッパ)の一座や「日本の喜劇王」エノケンこと榎本健一の一座がオリンピック便乗企画を舞台にかけて、巷の浮かれ気分をさらにヒートアップさせた。

 

 もちろん、商人たちも手をこまねいて見ているわけがなかった。アッという間に、街中に五輪マークを刻み込んだ商品が溢れかえる。

 

 なかには、女性の前髪に五輪のカールをこしらえた「五輪ヘア」の髪型まで登場。これは少々ユニークな例だが、ハンドバッグ、ゲーム、草履、帯留め、時計、文具各種など、ありとあらゆる「五輪グッズ」が氾濫した。

 

 すべての権利やライセンスがハッキリと決められている現代ではとても想像できないことだが、当時は「五輪マーク」が使い放題に使われていたのだ。

 

 ところが、それが想像もできない事態によって沈静化する。なんと「五輪マーク」の品々が、この日本で「意匠登録」されていたというのだ。

 

 この驚くべき問題が表面化したのは、1936年8月のこと。東京市王子区赤羽に在住する30歳の医師が、オリンピックの東京開催を見越して、事前に海水着や浴衣に五輪マークを使った図案を30種類以上出願していたのだ。

 

 これには、五輪商品を扱うデパートや商店なども仰天。それぞれ臨時協議会を開催して対策を検討。はてはこれらの業者たちが登録の撤回を求める陳情書を提出するなど、問題はこじれにこじれた。

 

 今日の我々の感覚では、勝手に五輪マークで一儲けしようとしていた人々が文句をいう筋合いではないような気もするが、そもそも五輪マークが日本で「登録」できてしまったこと自体が驚きである。

 

 マークそのものを登録する「商標登録」ではなく、品物の絵柄としての「意匠登録」であったからだと思われるのだが、それにしても不思議である。

 

 当然のことながら商工省特許局もこの問題を重視し、五輪マーク問題は社会的事件にまで発展した。

 

 その後、特許局では登録を取り消す判断を出すが、一度許可したものを却下するのは、あまりに一方的で乱暴だった。案の定、五輪マークを登録した医師は態度を硬化、一時は徹底抗戦を主張して問題はさらに泥沼化する兆しを見せていた。

 

 このままではまずいと判断したのか、最終的には内務省までが乗り出して事態収拾を図ることになる。もともと登録した医師も金銭的には無頓着なところがあったようで、問題は何とか穏便に解決することになった。

 

 すべての権益が完全にコントロールされた現代と違い、当時はまだオリンピックを取り巻く環境が素朴だった。すべてがおおらかな時代だったのである。 (続く)

 


 

<著者プロフィール>

夫馬信一 1959年、東京生まれ。1983年、中央大学卒。航空貨物の輸出業、物流関連の業界紙記者、コピーライターなどを経て、書籍や雑誌の編集・著述業につく。主な著書に『日本遺構の旅』(昭文社)、『ヴィンテージ飛行機の世界』(PHP研究所)など。今年1月発売の『幻の東京五輪・万博1940』(原書房)は、9年の歳月を費やし札幌、大阪、長崎など全国各地への取材を経て完成した。

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