また、米朝急接近により、今後、米朝が平和条約を締結したら、日朝間でも平和条約が結ばれる日がいずれ来る。日朝国交正常化交渉が始まれば、今度は北朝鮮に対しても「過去の清算」が求められる。
北朝鮮はここぞとばかりに、日本に賠償を求めてくるだろう。2002年、小泉純一郎首相が金正日総書記と「日朝平壌宣言」をまとめたとき、水面下での支援額は1兆円といわれたが、おそらくその数倍、数兆円は要求されるはずだ。
北朝鮮と条約を結べば、今度は日韓基本条約の改定が不可欠になる。韓国は日本に北朝鮮と同規模の新たな賠償を支払うように求めてくるだろう。日本はその要求に応じざるを得ない。
1965年の日韓基本条約で、日本は韓国に5億ドル(当時のレートで1800億円)の経済支援をおこなったが、今度は北朝鮮なみの対応を要求される可能性がある。
現在、米朝交渉は停滞しているように見える。だが、米朝が接近するという大きな流れは変わらないだろう。トランプと金正恩は、波長が合うからだ。
あまり知られていないことだが、トランプの宗派は、キリスト教プロテスタントの長老派(カルバン派)だ。そしてじつは、金正恩の祖父である金日成も、もともとはキリスト教徒で同じ長老派だった。自伝で、みずからそう明かしている。
長老派は、自分は「選ばれた人間」だと考える。だから、「どんな試練にも耐え抜いて、成功させる歴史的使命がある」という固い信念を持っている。
金正恩が継承する金日成主義にも、「選ばれし民」が「苦難を乗り越え、必ず勝利する」という思想が貫かれている。要するに、トランプと金正恩は “OS(コンピュータを動かす基本ソフト)” が一緒なのである。
トランプと金正恩には、共通の利益もある。米朝正常化後の、北朝鮮の開発利権だ。
シンガポールでの首脳会談の前日、ある変事が起きた。金正恩が高層ホテル「マリーナベイ・サンズ」を突如訪れたのだ。ホテルの持ち主は、ラスベガスのカジノ王として知られるシェルドン・アデルソン。トランプ政権の最大のタニマチだ。2017年のトランプの大統領就任式では、500万ドルを寄付している。
そして現在、北朝鮮では金正恩の指示のもと、日本海に面した元山にワールドクラスのカジノホテルの建設が進められている。このことは、あの夜の金正恩の行動と無関係ではない。
アデルソンは、来日してIR推進法のキャンペーンを張っているが、北朝鮮なら、土地収用の心配もなく、併設するコンベンション・センターや美術館を造る義務もない。広大なカジノだけ造れば、あっという間に「金のなる木」が完成する。
アデルソンは、米朝和平が訪れる日をいまかいまかと待っているに違いない。北朝鮮のカジノ建設は、日本の北朝鮮政策にも影響を与えるはずだ。
「平和国家」日本が、対北朝鮮で行使できる最大のカードは、経済支援だ。拉致問題解決のためにもいずれ、経済支援が求められる。
だが、カジノで潤った北朝鮮は、拉致問題であえて頭を下げてまで、日本から金を出してもらう必要はなくなる。「うるさいことを言うなら、日本の金など要らない」という状況が生まれるのだ。
文政権が自壊したあとも、問題は山積みだ。日本の外交イニシアティブが求められている。
さとうまさる
作家・元外務省主任分析官 1960年生まれ 東京都出身 『国家の罠』『自壊する帝国』など著書多数。手嶋龍一氏との共著『独裁の宴』で米朝接近をいちはやく予測した
(週刊FLASH 2019年11月5日号)