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野村監督、南海の監督解任時に啖呵「仕事はほかにあるが、沙知代は一人だけ」【短期集中連載Vol.10】

スポーツ 投稿日:2021.02.10 11:00FLASH編集部

野村監督、南海の監督解任時に啖呵「仕事はほかにあるが、沙知代は一人だけ」【短期集中連載Vol.10】

 

 2020年2月11日に惜しまれつつ亡くなった、野村克也さん(享年84)。1周忌にあたり、15年間近くマネージャーを務めた小島一貴さんが、短期集中連載で「ノムさん」の知られざるエピソードを明かす。今回は、第10回だ。

 

 

 

 野村監督を語るうえで、沙知代夫人(享年85)の存在は欠かせない。野球界のおしどり夫婦と言われ、とくに監督がヤクルトの監督だったころは、夫人のメディア露出も非常に多かった。歯に衣着せぬ発言や、何者をも恐れない堂々とした態度が、多くの人が抱く “沙知代夫人像” ではないだろうか。

 

 実際、仕事を一緒にしてみると、ほぼメディアでのイメージ通りの方で、怒鳴られたことも数知れない。ただ、100%理不尽というわけではなく、いま振り返っても後味の悪さはない。むしろ、いい思い出である。

 

 監督が取材を受ける場所は、たいてい都内の某ホテルを指定していたのだが、とくに撮影がない取材は、そのホテル内のカフェでおこなわれることが多かった。

 

 沙知代夫人が元気なころは、取材が終わりそうな時間を見計らって、そのカフェに登場するのが常だった。取材が終われば、そのまま2人で食事に向かうので、沙知代夫人はすぐ隣の席でコーヒーを飲みながら、じっと待っている。

 

 じつはこれが、取材をする側にとってはかなりのプレッシャーになっていたようだ。沙知代夫人のイメージも影響しているのだろう。監督を何度も取材していて慣れている記者はともかく、慣れていない取材者は取材終盤になると、沙知代夫人の “無言の圧” を感じて、駆け足で取材を終えてしまうことも、しばしばあったという。

 

 そして取材が終わると、むしろ夫人への挨拶のほうが丁重になってしまう取材者も少なくなかった。後日、「いやあ、奥様がいらして緊張しましたよ」などと、よく言われたものだ。

 

 しかし当の沙知代夫人は、静かに落ち着いて待っていることがほとんどだった。私に「ちょっと」と声をかけ、「そろそろ終わらせてよ」などと言われたことは5回くらいあっただろうか。何百回と取材に同行した中での5回だから、きわめて少ないと言えるだろう。

 

 夫人は、そのホテルの個室で取材がおこなわれるときも、ちょうど終わるころに現れていた。テレビ局などで深夜になる仕事以外は、たいてい現場に来ていた。

 

 驚いたのは、地方での仕事の帰りは、必ず東京駅近くで待っていたことだ。運転手つきの乗用車があるとはいえ、わざわざ東京駅まで出迎えて一緒に食事に出かけるのである。本当に夫婦仲がよかったのだと思う。

 

 もっとも、夫人が当たり前のように現場に登場していたのは、私が15年近くマネージャーを務めたうちの、最初の5~6年間くらいだった。夫人が80代になると、取材現場に来ることも少なくなった。

 

 取材者へのプレッシャーは少なくなったが、どことなく物足りなく感じられたものだ。監督も次第に「お前、ちょっと付き合えよ」と、取材後に私を食事に誘うようになった。本当にとてつもなくありがたいことなのだが、一方で寂しさも感じていた。

 

 南海ホークスの監督を解任されたときの有名なエピソードがある。沙知代夫人との関係が問題視され、「仕事を取るのか、女を取るのか」と問い詰められた監督は、「女を取ります。仕事はほかにあるが、沙知代という女は一人しかいない」と答え、解任を受け入れたという。

 

 それから30年以上経ったある日、そのときのことが話題になった。監督は私に「俺も頭に来ていたから。ヤケクソでそう言ったんだよ。世間体もあったし、そうでも言っておかないと示しがつかないと思ったから」と、あたかも本心ではなかったかのように言っていた。監督らしい、照れ隠しだった。

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