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「女性の美は 性格の中にある」 野村監督が3分かけてサイン色紙に添えた3通りの格言
スポーツFLASH編集部
記事投稿日:2021.06.26 11:00 最終更新日:2021.06.26 11:00
2020年2月11日に惜しまれつつ亡くなった、野村克也さん(享年84)。15年間近くマネージャーを務めた小島一貴さんが、ノムさんの知られざるエピソードを明かす。
ほかのプロ野球選手やOBと同様、監督も色紙にサインを求められることが多かった。講演会などでは毎回のように待ち時間の間に書いていたし、宿泊をともなう仕事の場合は、ホテルの部屋に何十枚という色紙が置かれていることもあった。
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監督は色紙にサインをするときは、必ず筆ペンを使っていた。そのため、私は監督が好んでいた筆ペンをつねに携行していた。そして監督のサインは、たんに名前をサインするだけでなく、言葉を添えるのをつねとしていた。実際、言葉のほうが色紙の面積に占める割合が多く、監督の名前は左端に小さく書かれていた程度だ。相手によって、おおむね以下の3通りの言葉が添えられていた。
成人男性に対しては「野球に学び 野球を楽しむ(「野球」には「しごと」と振り仮名をつけていた)」、女性に対しては「女性の美は 性格の中にある」、そして未成年の男性に対しては「希望に起き 努力に生き 感謝に眠る」である。
「野球に学び 野球を楽しむ」は、監督によればある作家先生の「本に学び 本を楽しむ」という言葉を拝借したのだという。もちろんその先生に許諾を得て、「本」を「野球」に置き換えたそうだ。
一方で、サインに添える言葉の要望があれば対応していた。リクエストが多かったのは、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」だった。監督が残した数多くの格言のなかでも、とくに人気が高い言葉だった。監督はこの言葉を要望されると、「あんまり書いたことないんだけど」とボヤきながらも応じていた。書き終えると、「あんまり書き慣れていないから、バランスが悪いよな」と、毎回のように謙遜していた。
色紙にサインをしながら「達筆ですね」と声をかけられると、子供のころの書道の授業の話をすることもあった。小学校の書道の授業では、「野村君の字は上手だけど、勢いがない。もっと元気に書きなさい」とよく言われたのだという。確かに監督の文字は繊細で、ときには「細字」の筆ペンも駆使して狭いスペースに宛名を書くなどしていた。
そして「俺は気が小さいから字も小さい。うちの奥さんはまったく逆。豪快な字を書くよ」と続けるのだ。私は沙知代夫人の文字も見たことがあるが、達筆ではあるものの、たしかに監督とは真逆の大きくて豪快な文字だった。じつは私自身、夫人に封書の宛名の書き方についてダメ出しされたことがあり、以後はできるだけ大きく書くように心がけている。
ところで当然のことながら、これだけの言葉を筆ペンで書くのだから、監督のサインは時間がかかる。一般的には、野球選手が色紙にサインするのにかかる時間は1枚当たり10秒ほど、相手の宛名を書いてもせいぜい30秒くらいだろう。しかし監督の場合は、添える言葉にもよるが、色紙1枚あたり2~3分はかかってしまう。そのため、その場にいるみんなが注目し、そのなかで監督も集中して書くという独特の時間がしばらく流れることになる。
監督も照れ屋なので、2~3枚書くと「見てのとおり時間がかかるんだけど・・・・・・。誰か『もうそれくらいでいいですよ』とか言ってくれないの?」などと言いながら笑いを誘う。それを聞いて相手が「そうですね、それくらいで」と言ってくれると、監督も「マネージャーに預けてくれれば、あとで書いておくから」と返す。自分で書ける程度の枚数であればけっして断わらないというのも、監督の優しさが感じられた。
サイン会などでときどき相手から言われるのか、「俺のサインを額に入れて飾る人もいるらしいけど、本当かね?」と、まんざらでもない様子で話すこともあった。そして、「そんなの、かえってこっちが恐縮しちゃうよな」と続けるのである。講演のように「いやだ」「苦手だ」などと口にしなかったところをみると、色紙にサインすることは嫌いではなかったようだ。