2020年2月11日に惜しまれつつ亡くなった、野村克也さん(享年84)。15年間近くマネージャーを務めた小島一貴さんが、ノムさんの知られざるエピソードを明かす。
プロ野球界きっての頭脳派といわれた監督だが、ときどき一見変わった理論や解釈に基づく持論を展開されていた。それがまた人間らしさが出ていておもしろかったし、独特の説得力をともなっていた。
【関連記事:亡くなった野村克也さんが、最後まで嫌った「8人の男たち」】
たとえば、「左利きの選手は変わっている選手や頑固な選手が多い」というものだ。このひと言だけ聞くとよくわからないのだが、その理由として「日本では箸でも鉛筆でも、左利きだと右利きに直されるだろ? そういう周りの大人の声に従わないで育った左利きの選手は、変わり者や頑固者だろう」と言っていた。そう言われてみればそうなのかもしれない。そして、だからこそプロで活躍できたという選手も少なくないだろうと思う。
「女性上位の国は栄える」というのもそうだ。実際に統計があるのか、そもそも統計が取れるのか、私にはよくわからなかったが、女性のほうが発言権や権力を持っている国は繁栄するのだという。そして、「だからウチは栄えたんだよ」と言ってニヤリとする。「奥さんが権力持って財布の紐も握っているから、今の家も建てられたんだ」と言っていた。確かに奥さんがしっかりしていると、浪費を防いでお金が貯まるというイメージはある。
「カメ理論」というのもあった。鶴は千年、亀は万年という言葉があるが、カメはじっとしていることが多く、あまり動かないから長生きなんだと信じているようだった。それを自身にあてはめ、「だから俺は引退してから一切運動をしない。現役時代に一生ぶんの運動をした。引退してからはカメのようになるべく動かないようにしている」とのことだった。
さらには、引退してから健康に気をつけてジョギングしているような同年代のOBは、早くに亡くなったり大病をしている人が多いとつけ加えていた。監督は日本人の平均寿命とほぼ同じ年齢で亡くなられたが、「カメ理論」は正しかったといえるのだろうか。
血液型による性格分析も好んでいた。取材や出演で江夏豊氏の話題になると、決まって血液型の話になった。「江夏は誰もがB型だと思うような性格や振る舞いだけど、じつはA型。最初、本人から『わしゃ、Aや』って聞いたときは『本当か? Bじゃないのか?』って俺が何度も確認したから、ついに医者の証明書を持ってきたよ(笑)。繊細な性格だから、試合中の相手打者の小さな変化にも気がつくんだろう」と言っていた。
そもそもは、自身も所属する名球会にB型とO型の選手が多いことから、血液型による性格の違いに興味を持ったのだという。B型はマイペースだし、O型は細かいことを気にしないから、長年活躍できるのだろうと推論していた。そしてA型については、名球会にいるのは真面目で長い年月コツコツと努力してきたような選手ばかりと語っていた。
たしかに名球会のレジェンドたちの血液型を見ると、監督が主張する傾向はあるようだ。B型には監督をはじめ、長嶋茂雄氏、福本豊氏、イチロー氏ら。O型には王貞治氏、張本勲氏、松井秀喜氏ら。そしてA型は上記の江夏氏のほか北別府学氏、新井宏昌氏、谷繁元信氏らである。
ただし、一般的には血液型による性格分析は科学的根拠がないといわれている。それを知ってのことなのか、監督も以下のようにつけ加えるのを忘れなかった。「とはいえ、やっぱり育った環境のほうが大きい。性格を方向づけるのは育ちが8割、血液型2割くらいじゃないか。ふだんは血液型の性格はそんなに出ない。だけど、ここっていうところで出るんだよ。野球だったら、勝負どころとかピンチとかチャンスとか、そういうときにポッと出る」
ここまで聞いてみると、こちらも説得力を感じてくる。百戦錬磨の野村監督だからこそ、勝負所では血液型に基づく選手の性格が出ることに気がつき、関心を持ったのだろう。
「左利き」も「女性上位の国」も「カメ理論」も「血液型」も、普通の人が言っていたらたんなる思い込みで一笑に付されることかもしれないが、監督が理論を交えて語ると、なるほどと思える。監督の持つ独特の説得力は、太くて長い人生を過ごしてきた人としての「厚み」のようなものに基づいているように思えた。