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日本のバドミントンを強くした韓国人コーチの “スパルタ” 特訓
スポーツFLASH編集部
記事投稿日:2021.07.23 11:00 最終更新日:2021.07.23 11:00
バドミントン大国といえば、中国と韓国が思い浮かびます。その次あたりが日本でしょうか。日本のフィジカルは世界レベルですが、これについては、2004年から日本代表のヘッドコーチをしている韓国人の朴柱奉(パク・ジュボン)さんのおかげです。朴さんは日本バドミントン界の改革者です。
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私、藤井瑞希は、青森山田高校卒業後の2007年に、初めて日本代表に選ばれました。それが朴さんとの出会いだったのですが、何が大変だったかと言うと、もういままで経験したことがないぐらいに練習で追い込まれるのです。
シングルスやダブルスの種目ごとのトレーニングが始まる前、つまりラケットを握る前に、1時間ぐらいみっちりフィジカルトレーニングをやって、それから2時間半の打ち込み、とか。午後にもまた、トレーニングがあって。
身体にかかる負担は言葉では表現できないぐらいで、「日本代表に残っていくには、ここまでキツいことをやらなきゃいけないのだ」と思わされました。
最近では「合宿恒例の苛酷トレ」などと報道されているようですが、日本代表のトレーニングに慣れるまでに1年以上かかりました。
そんなに時間がかかるのか、と思う方がいるかもしれません。日本代表は国内でトレーニングするだけではなく、海外へ遠征します。その間にも所属チームで試合があります。1年間のスケジュールに身体が慣れるまでに、1年以上かかったということです。
「海外へ移動して気候の変化が激しくて、ちょっと疲労も溜まっているから、気をつけないと風邪を引いちゃうかも」とか、「このまま追い込んだら、ケガをしちゃうかも」とかいうことを気にしなくなったのは、2年目以降でした。
日本代表の合宿の回数も、朴さんがヘッドコーチになってから増えました。
実は朴さんが指導をしている以前にも、日本代表に招集されたことがあります。北京オリンピックへ向けた強化指定選手を集めて……といったような趣旨で、中学生から大人までが一緒に集まって合宿したのです。
中学生からは3人で、そのうちのひとりが私だったのですが、当時は1年に数回しか強化合宿は行なわれていませんでした。
それが朴さんになってからは、海外遠征前は必ず国内で1週間合宿をして、チームジャパンという気持ちを高めてから「さあ、行こう!」というスケジュールになりました。
それ以前はそれぞれが所属チームで練習をして、フライト当日の空港で顔を合わせていましたから、戦う準備というものがまるで変わりました。
遠征前の合宿も加えると、月に一度ぐらいは日本代表が招集されて、朴さんのもとでトレーニングを積むことになります。質の高いトレーニングがそれだけできるわけで、体力はついていきましたし、技術的にもレベルアップしていったと思います。
朴さんは来日したばかりの頃を振り返って、「日本人はすごくポテンシャルが高いのに、日本代表という意識が足りなかった」と話しています。日本代表の一員としての自覚とか誇りとかに選手が目覚めるためにも、強化合宿の回数を増やす必要があったのでしょう。
バドミントンは企業スポーツですから、チーム側は自分たちの手元に選手を置いて、自分たちで指導をすることを当然のこととしてきました。それだけに、朴さんのやり方は波紋を呼んだそうです。衝突もあったけれど、朴さんは押し通したそうです。
強化方針もはっきりと変わりました。
バドミントンではテニスと同じように、世界を転戦する『ワールドツアー』が行われています。現在はワールドツアーファイナルズ、ワールドツアースーパー1000、同750、同500、同300、同100の6つのレベルの大会があり、ツアーファイナルがもっとも獲得ポイントが高く、ツアースーパー100がもっとも低く設定されています。
『ワールドツアー』よりグレードの高い大会としてオリンピックや世界選手権があり、グレードが低い大会もあります。オリンピック出場を狙う選手は、1年間に一定数以上の大会に出場し、ポイントを稼いでいきます。プロテニスやアメリカのゴルフツアーを連想してもらえば、分かりやすいかもしれません。
獲得できるポイントが高い大会には、当然ながら強豪選手が集まってきます。どれぐらいのグレードの大会に出て、どれぐらいの成績を狙うのかで、その選手の実力が見えてきます。
朴さんがやってくる以前の日本は、グレードの高い大会を避ける傾向にありました。強敵が出場しないワールドツアースーパー300などでポイントを稼ぐことを狙っていたのですが、朴さんは「トップと対戦しないと自分の実力が分からない。負けてもいいから強い相手がいる大会に出るべきだ」と主張しました。
日本代表にはA代表とB代表があるのですが、A代表はグレードの高い大会に出ることが、強化方針として固まりました。
私自身の経験から言うと、自分と同じくらいかレベルの高い相手との対戦は、絶対に必要だと思います。オリンピックでいきなり対戦して勝てるほど、世界のトップレベルは甘くありません。ハイレベルな攻防を制して自信をつける。負けて自分に足りないものを知る。選手にはどちらも必要で、そういう経験が自分を鍛えてくれます。
さらにつけ加えておくと、朴さんは中長期的な視点での強化にも着手しました。
私が学生だった当時は、中学生や高校生が国際大会に出場することはほぼありませんでした。高校生になってようやく、韓国との交流戦があるぐらいでした。中高生年代から世界を意識することはなく、そもそもその必要性に気づく機会がありませんでした。
そこで朴さんは、U-13、U-16、U-19のジュニア日本代表を作って、小学生から国際大会に参加させるようにしました。リオデジャネイロオリンピックに19歳で出場した山口茜選手は、中学生当時からアジアや世界の大会に出場しています。
桃田賢斗選手も、U-13年代のナショナルチームに選ばれていました。彼らにとって世界での戦いは特別なものでなく、外国人選手に気後れすることもないので、国際試合でも普段どおりのプレイができるのでしょう。
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以上、藤井瑞希氏の新刊『日本のバドミントンはなぜ強くなったのか?』(光文社新書)をもとに再構成しました。2012年ロンドン五輪女子ダブルス銀メダリストの著者が、日本バドミントンの歴史と自身の軌跡を振り返りながら、その強さの秘密について語ります。
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