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野球をすれば「脳が停滞」…朝日新聞が展開した「野球害毒論」の中身/8月29日の話

スポーツFLASH編集部
記事投稿日:2021.08.29 06:00 最終更新日:2021.08.29 06:00

野球をすれば「脳が停滞」…朝日新聞が展開した「野球害毒論」の中身/8月29日の話

第1回「全国中等学校優勝野球大会」決勝戦

 

 夏の甲子園大会も、いよいよ大詰めだ。毎年、春と夏におこなわれる甲子園は、高校球児たちの憧れの舞台であり、その熱戦はテレビや新聞によって大々的に報じられる。

 

 言うまでもなく、夏の甲子園の主催は朝日新聞社だ。しかし、今から110年前に発行された「東京朝日新聞」には、次のような文章がある。

 

 

野球という遊戯は、悪く言えば「巾着切」の遊戯。相手を常にペテンにかけよう、計略に陥れよう、塁を盗もうなどと、眼を四方八面に配り神経を鋭くしてやる遊びである》

 

 この発言は、第一高等学校(現・東京大学教養学部)で校長を務めていた新渡戸稲造による野球批判である。「巾着切り」とは今でいうスリのこと。1911年8月29日から連載が始まった『野球とその害毒』第1回に掲載されている。

 

 通称「野球害毒論」と呼ばれるこの連載では、当時の教育者たちによって野球があらゆる視点から批判されている。

 

 なぜ「野球害毒論」が始まったのか。スポーツライターで、『「野球」の誕生』(草思社)の著者である小関順二氏に話を聞いた。

 

「ひとつには、学生野球の人気の過熱があります。当時は一高(第一高等学校)野球部は非常に強く、長らく天下をとっていました。そんな一高を立て続けに破ったのが、早稲田大学と慶応大学です。1904年のことでした。そこから早慶時代が幕を開け、『早慶戦』の盛り上がりにつながります。

 

 ここで眼をつけたのが、東京朝日新聞です。というのも、当時の学生野球には、叩ける材料がたくさんありました。

 

 一高は公立で、はしゃいだ感じはありませんでしたが、早慶は応援団や応援スタイルが非常に派手なんですね。

 

『野球害毒論』が始まる前年には、早稲田がシカゴ大学を招聘して、親善試合をしました。早稲田は完敗しまして、責任をとって4人が野球部をやめる事態になりました。

 

 そうしたことが重なり、野球なら叩いてもいいだろう、となったんだと思います。早慶は野球を学校人気のために利用しているとか、右利きの人は右腕ばっかり振っているので脳に停滞が及ぶとか、新渡戸稲造をはじめとする錚々たる教育者に、22回にわたって批判させたのです」

 

 第2回では、府立第一中学校(現・都立日比谷高校)の校長が、次のように野球の害毒を語っている。

 

《野球の弊害4カ条

 

1、学生の大切な時間を浪費させる

2、疲労の結果、勉強を怠る

3、慰労会などの名目で牛肉屋や西洋料理店などに上がり、堕落に近づいていく

4、体育として野球は不完全なもので、主に右手で球を投げ、右手に力を入れて球を打つがゆえ、右手のみが発達してしまう》

 

 しかし、連載の4年後、大阪朝日新聞は「全国中等学校優勝野球大会」を開催する。現在の甲子園大会だ。野球を「害毒」とみなしてきた新聞社が、全国規模の野球大会を開催する矛盾について、小関氏は次のように語る。

 

「『野球害毒論』が始まったのは、東京朝日新聞が創刊して23年たったときです。東京では弱小新聞だったため、夏目漱石を雇うなど、読者に向けてアピールしたい時期だったんです。

 

 読者を獲得するため、朝日新聞が必死になって始めたのが、過熱する野球人気を背景とした『野球害毒論』でした。ただのキャンペーンなので、『野球害毒論』を展開したからといって、それに引っ張られることはなかったと思います。

 

 新聞も人気が出てきたし、今度は逆に、野球大会をやってお客さんを呼ぼうよ、くらいの感覚だったと思います。むしろ、野球害毒論によって、評論の場ができ、かえって野球人気が高まったと言えるかもしれません」(前出・小関氏)

 

 明治時代の野球は、ちょっとした風評被害に苦しんでいたのだ。

 

写真・朝日新聞

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