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『競歩王』作家が競技の魅力を語る「わかりにくさが面白い」「みんな “転向組”」

スポーツ 投稿日:2022.08.19 06:00FLASH編集部

『競歩王』作家が競技の魅力を語る「わかりにくさが面白い」「みんな “転向組”」

男子20km競歩で金メダルの山西利和(2022 世界陸上、写真:西村尚己/アフロスポーツ)

 

 2022年7月にアメリカで開催されたオレゴン世界陸上。日本人選手の活躍が目立った競技のひとつに競歩がある。20キロでは山西利和(26)が日本人初の2連覇を成し遂げ、35キロでは川野将虎(23)がライバルとデッドヒートの末、アジア新記録で銀メダルを獲得した。

 

 その競歩を題材に小説を書いた作家がいる。2019年に『競歩王』を出版した額賀澪さん(31)だ。額賀さんは執筆にあたり、競歩を扱った小説を探したところ1冊しか見つからなかったという。

 

 

 出版当時は、日本が競歩で “強国” として世界から認められ始めていたころだったが、まだまだマイナースポーツの域を脱していなかった。なぜ額賀さんは、競歩を書いたのか? 小説のテーマにした理由と競技の魅力を聞いた。

 

――ご自身のスポーツ経験は?

 

「まったく。本当にゼロです。強いて言うなら小学校のとき、4年間くらい空手を習っていた程度。学校で空手教室があって、姉弟揃って『行く?』みたいな感じで始めました。でもちゃんとやっていなかったというか、流れで行く感じで。なので、自分のなかでスポーツ経験とはカウントしていない(笑)」

 

――その額賀さんがなぜスポーツを題材にし、なかでも競歩を選んだのか?

 

「もともとスポーツを見るのは好きだったんです。箱根駅伝はずっと見ていましたし、五輪も毎回楽しみにしています。昔から甲子園も春夏見ていたし。それがあったのでデビュー前、高校生くらいのときはスポーツ小説を書いていたんです。テーマはおもに陸上で、とくに走り高跳びがおもしろいと思って書いていたんです。

 

 それがきっかけになり、自分のなかで『スポーツ小説』は一つの得意ジャンルになりました。デビュー直後にも駅伝を題材とした小説を書いています。

 

『競歩王』の出版社さんから声がかかったとき、担当編集の方が走るのが好きだったんですよ。で、打ち合わせのときにいつも陸上の話になって盛り上がっていたんです。

 

 肝心の何を書こうかという話になったとき、駅伝はすでに書いたからそれ以外を考え、『競歩はどうですか?』といったら、『面白そう!』となってとんとん拍子に物事が進んでいったんです。

 

 実は、ほかにもいくつかの種目の候補はありましたが、結局、競歩に決まりました」 

 

――執筆にあたって、競歩選手に取材したことは?

 

「2017年のロンドン世界陸上で銅メダルを獲得した元選手の小林快さんにお話を聞かせていただきました。2019年の取材当時、日本の競歩が強くなり始めていた時期でもありました。

 

 ところが、周りのほとんどの人が意外と競技を見たことがなく、私自身もルールがぼんやりわかっているくらいだった。

 

 歩形を保ちながら進み、周回コースをぐるぐる回って競うんだなという程度の理解で、レースにどんな醍醐味があるのか、正直なところ私はあまり見えていなかった。

 

 また、日本が強くなり始めたころとはいえ、競歩については、五輪でも世界陸上でもそこまで気合を入れてテレビは中継していなかった。ロンドン世界陸上で日本がメダルを獲ったあたりから変わってきたと思うんですが、その前は中継していても、途中でいきなりほかの種目に中継が変わってしまうこともありました。最初から最後までしっかり放送される競技ではなかったんです」

 

――『競歩王』の主役の一人である八千代篤彦選手は長距離走から競歩に転向しているが、そういう選手は多いのか?

 

「そうですね。8年ほど前に『水曜日のダウンタウン』(TBS系)で『競歩の選手、全員他の陸上競技で挫折した人説』という企画をやったことがあったんです。

 

 競歩のトップ選手から中高生まで、『なぜ競歩を始めたのか?』と尋ねると、ほとんどが別の競技の経験者で、途中から転向したという回答でした。

 

 あるとき、人から『お前、競歩のほうが向いてそうだからやってみろよ』と言われて始めてみると、意外と成績がよくて続けているという選手が圧倒的に多かったんです。

 

 唯一ひとりだけ、憧れの選手を見て始めたという男の子がいました。その憧れの選手というのは、のちにドーハ世界陸上の50キロ競歩で優勝した鈴木雄介選手でした。そういう競技って、珍しいですよね。

 

 スポーツを始める理由って大概、憧れる何かがあったとか、小学校で親が野球チームに入れたからとかが基本じゃないですか。でも競歩は “転向ありき” で、そういうところもずっと引っかかっていたんですね。

 

 小林さんもおっしゃっていましたが、中学まで別の競技をやっていて、高校に入って何らかの理由で競歩と出会って始めるというパターンが圧倒的に多いらしくて。そこもスポーツとしておもしろいと感じます。実際、今回の世界陸上20キロで優勝した山西さんも3000メートルから競歩に転向していますし」

 

――競歩の最大の魅力とは?

 

「わかりにくさがおもしろいところでもあると思います。見る側に事前準備が求められる競技じゃないですか。ルールを知り、見方をちゃんと理解したうえで見るという。歌舞伎も物語をあらかじめ理解していないとおもしろくないのと一緒で、こっちに求められるものがあるからこそ、いろんなものが自分のなかに蓄積していき、やがて見どころがわかるという点も魅力です。

 

 もちろん、陸上競技としてわかりやすいおもしろさもあります。ルールに縛られながらも、目指すのは誰よりも早くゴールすることですし、歩形の制約やペナルティの有無が選手同士の駆け引きを生みます。

 

 たとえば、ラストスパートで並んだ選手が2人いて、1人には警告がゼロ枚、1人には警告が2枚出ていてあとがないという状況では、前者の方が圧倒的に有利です。

 

 後者は無理にスピードを出して歩形が崩れ、警告を受けたらペナルティゾーンに入らなければなりませんから。噛めば噛むほど味わい深くなる競技だと思います」

 

 先の世界陸上も全種目を見たが、なかでも競歩はメモを取りながら観戦したという。20キロでは山西が連覇し、池田向希(24)が銀メダル。新種目の35キロでも川野が銀メダルを獲得するなど、日本の競歩は現在、世界トップにあると言っても過言ではない。

 

「陸上以外に目を向ければ日本が強い競技はいくらでもありますが、陸上であそこまでやれるのは競歩だけじゃないでしょうか。“磐石の強さ” という意味では。

 

 また来年もハンガリーのブダペスト世界陸上があって、そのあとパリ五輪。そして、2025年に東京世界陸上なので、競歩人気はさらに上がってくると思うし、しばらくおもしろい試合が見られると思うんですよ。

 

 今回メダルを取った選手も、取れなかった選手もまだ引退しないと思うので、期待のレースが続くでしょう。

 

 そして、どこかで日本人が表彰台を独占してほしい。それが見たいし、いけるなという競技なんです。表彰台独占の可能性があるのは、五輪競技のなかでも競歩だけじゃないでしょうか。

 

 今回のオレゴン世界陸上の男子100メートル走で米国が表彰台を独占しましたが、あれが競歩で見られるんじゃないかなと思っています。それを楽しみに待ちたいですね」

 

( SmartFLASH )

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