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初の“女性棋士”誕生ならず…里見香奈女流五冠の編入試験3連敗を林葉直子氏はどう見たのか?

スポーツ 投稿日:2022.10.18 06:00FLASH編集部

初の“女性棋士”誕生ならず…里見香奈女流五冠の編入試験3連敗を林葉直子氏はどう見たのか?

「今のところ再受験の可能性はない」と語った里見女流五冠(写真・日本将棋連盟)

 

「本当に残念……でも相手も強かったし。鍛え抜いた人たちだからね。里見さんが弱かったとは思いません。今回は忙しくて疲れていたとか、いろいろあったのかもしれない」

 

 こう語るのは、元女流棋士林葉直子氏(54)。

 

 女性初の棋士誕生なるか? 将棋ファンの熱い声援を受けながら、里見香奈女流五冠(30)が受験した棋士編入試験五番勝負。結果は残念ながら、里見女流五冠の3連敗不合格という形で幕を閉じた。とはいえ、里見の長い将棋人生におけるチャレンジがここで終わったわけではない。林葉氏のコメントを交えながら、第3局を振り返りたい。

 

 

 結果的に最後の対局となった第3局は10月13日、大阪・関西将棋会館で指された。里見女流五冠の前に立ちはだかったのは狩山幹生四段(20)。師匠は井上慶太九段(58)で、井上門下からは多くの有望な棋士が輩出している。

 

「慶太さんは私にとっては先輩だけど、まだ若くてかわいかったころから知ってます(笑)」(林葉氏、以下同)

 

 狩山は岡山県倉敷市の出身。同市からは大山康晴十五世名人以来、約80年ぶりの棋士だ。

 

「狩山さんも不思議に強いんだよね。大山先生もそんな感じだったでしょう? 倉敷藤花戦の縁もあって、私は大山ファンなんです(笑)」

 

 先達の大名人と同じく、狩山も受け(相手の攻めに応じる手)に特長がある棋風だ。倉敷市は将棋が盛んな地域で、女流タイトル戦の大山名人杯倉敷藤花戦を主催している。そのタイトルを長きにわたって保持しているのは里見。そして1993年、第1期倉敷藤花となったのが林葉氏だ。

 

 1991年、女流棋界のトップだった林葉氏は、当時は非公式戦だった銀河戦で、女流棋士として初めて男性棋士に勝っている。また1993年には公式戦の竜王戦で、中井広恵女流名人(現女流六段)が男性棋士に勝った。

 

 当時はいずれも大ニュースとなった。だが現在は、女性が男性に一度や二度勝つぐらいでは騒がれない。里見は今回、10勝4敗の好成績をあげて棋士編入試験の受験資格を得た。30年前の将棋ファンが聞いたら、仰天するだろう。

 

 里見はこの日、白シャツに黒のパンツスーツ姿で臨んだ。

 

「清楚できれいだけど、もうちょっと派手な部分を見せてもよかったんじゃない? 私は奨励会のときにキュロットスカート穿いてて、幹事の先生から怒られました(笑)」

 

 里見はこの日も、十八番の中飛車(5筋に飛車を振る戦法)に構えた。序盤の22手め。里見は角を上がる手に30分を消費。この形のスペシャリストの里見なら、指そうと思えば1秒で指せる手だ。この一局に懸ける思いが表われた場面だったか。

 

「相手の手を見てから考えればいいのに! って思いました(笑)。そうしないのがプロ? そうかなあ。相手の作戦を見てから考えるのもプロだと思うけど。大山先生も、相手の出方を見て指してたところがあったと思います」

 

 狩山は金を四段めに押し上げる、独特の構想を見せる。そして43手め、3七飛と上がった手が観戦者を唸らせた。ほとんどの人は考えないであろう受けだ。

 

「『えっ? なんだこりゃ?』って思いました(笑)。だけど、うまく指しこなしていって。狩山さん、おもしろい将棋を指しますね。鬼才かな。将来強くなるんじゃないですか」

 

 60手め。里見は角を切って銀と刺し違え、攻めていくチャンスがあった。しかし、そこを見送って力を溜める。結果的にはそこから先、勝機は見いだせなかった。

 

「終盤はちょっと粘れない形でしたね。一方的になっちゃったから、しょうがないよね」

 

 103手め。狩山は金を打ち、里見玉に王手をかける。そこで里見は投了。歴史的な挑戦は、いったん幕を閉じた。終局後の記者会見で、里見は次のように語った。

 

「大変貴重な経験にもなりました。ただ、やはり実力が及ばなかったっていうところだと思います。こういう大きな舞台での敗戦によって、また自分自身も成長できると思っておりますので。今後の糧にしたいと思っております」

 

 多くのファン、関係者は今回、里見が合格する可能性は十分あると考えていた。あえて敗因を考えるなら、ハードスケジュールが挙げられる。里見は今年度ここまで、女流棋戦で34局(24勝10敗)。男性棋士らを相手に戦う一般棋戦で14局(8勝6敗)という超過密日程をこなしてきた。そのうえで今回の棋士編入試験五番勝負となれば、過酷な日程だったというほかない。しかし里見はこう語った。

 

「確かに、対局が多いのは間違いないのかなと思うんですけれども。ただ、どういう状況でも変わらずふだんの力を発揮できないと、本当の強さじゃないのかなというふうに思ってます」

 

 これから、また公式戦で男性棋士に多く勝てば、制度上、棋士編入試験は何度でも挑戦できる。里見はその点について、次のように語った。

 

「私自身本当に、最後の挑戦といったところでしたので。たぶん、今後考えることはないのかなと思うんですけれども。(再受験の可能性は)今のところはないです」

 

 先輩として、林葉氏は里見にエールを送る。

 

「そういうチャンスがあるって、いいことなんだからね。何回でもやればいいんだよ。本当に恥ずかしがることもないし。やれるだけやって、頑張ってもらいたいです。あとはカレーを食べてください」

 

 え?

 

インド料理食べてって伝えてもらえる? インド人って頭がいいから。将棋ってもともとはインドからやってきたんですよね(将棋やチェスなどのルーツは古代インドのゲーム・チャトランガが起源)。たまにはインド料理を食べてみたら、発想が変わってくるかもしれないって。こんなバカなことを言ってる先輩は私ぐらいかもしれないけど(笑)」

 

 女流トップの林葉氏が初めて男性棋士に勝ってから、30年少しがたった。後進の里見は棋士になるまで、あともう一歩まで迫った。いずれ将棋ファンの夢は、里見自身か、あるいは里見の活躍によって希望を与えられたほかの女性によって、かなえられる日が来そうだ。

 

文・松本博文

( 週刊FLASH 2022年11月1日号 )

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