スポーツ
三笘薫「100億円の男」の原点「素顔はスカしたいじられキャラ」「カラオケ十八番はワンダイ」「ウイイレ大好き」
スポーツFLASH編集部
記事投稿日:2023.11.11 06:00 最終更新日:2023.11.11 06:00
「三笘薫のドリブルの威力は、イギリス中に知れわたっている。彼の所属チーム・ブライトンのロベルト・デ・ゼルビ監督は『三笘は外せない。ずっとピッチに立たせておきたい』と語っているくらいだ」
現在、プレミアリーグ(イングランドのプロサッカーリーグ)でプレーする三笘の活躍ぶりを、地元紙記者のブライアン・オーウェン氏は、こう評した。4年前は筑波大学のアマチュア選手だった彼が、いまや欧州では大谷翔平より有名なアスリートとして人気を博している。
「Jリーグ・川崎フロンターレに入団後、2021年8月にイングランドへと渡りました。当然、年俸もうなぎ上り。Jリーグ初年度の年俸は480万円でしたが、現在は推定7億5000万円。移籍金も、当時は約3億6000万円でしたが、現在では100億円を超えるとも報じられており、わずか1年半で約28倍にも跳ね上がりました」(スポーツ紙記者)
【関連記事:香川真司「戦力外」に250億円払ったアディダス怒る】
“シンデレラボーイ”の原点は、神奈川県川崎市にあった。三笘が兄の影響でサッカーを始めたのは、3歳のとき。その後、7歳で「さぎぬまSC」に入団し、本格的にサッカーを始めた。同クラブの代表を長年にわたって務めてきた澤田秀治氏に話を聞いた。
「入団時からドリブルが得意で、ちょっとモノが違うと感じていました。ボールが前線まで運ばれるも相手に奪われる、という場面はよくありますが、三笘だけは、そこでいち早く、ボールを取り返そうとするんです。誰が教えたわけでもないのに、カウンター攻撃をつねに狙っていました。小学生で、ここまで頭を使えるコはなかなかいません」
その後、川崎U‐12に入団した三笘。彼と同期入団で、現在は社会人サッカーチーム「エブリサ藤沢ユナイテッド」に所属する岸晃司氏が語る。
「当時『神奈川のキャプテン翼』と呼ばれて、ファンクラブもありました。サッカー以外にも、ゲームの『ウイニングイレブン』をよく一緒にやりました。ゲームではいつもクリロナのチームを選んで『俺が俺が』とパスを出さずに突破を試みてましたが、下手なので負けるとすねてだんだん無口に……(笑)。
実際の試合では真逆で、小学校時代はパスをよく回すスタイルでした。ただ、ゲームも試合も“負けず嫌い”は一緒。試合でも、自分のプレーに納得できないと、無口になってましたね。交代させられると、監督に『なんで交代なんですか!』と食ってかかっていました」
自己主張の強いサッカーへの取り組みと正反対だったのが、三笘の恋愛事情だ。「アイツ、彼女ができても絶対に言わなくて、何カ月も隠しているんです。そういう秘密主義的なところがあるんです」と笑うのは、名良橋拓真氏(沖縄SV)だ。三笘とは、川崎フロンターレユースで、高校までともにプレーした。
「ピッチ外では、カラオケに行くことが多かったのですが、彼がいつも歌うのは、英国のボーイズアイドルグループ、ワン・ダイレクション。しかもけっこう流暢な発音なんです。基本的にアイツ、プライベートはスカしてるんですよ(笑)。そのわりにはイジられキャラで、何かの罰ゲームで、改札前で一発ギャグを披露してたこともありました」
「彼女がいると笑顔に」三笘を支える妻の献身
岸氏や名良橋氏とともに、川崎のU‐12、U‐15、U‐18と順調に各カテゴリーを進んでいった三笘だが、同時期、彼に熱い視線を送り続けていた男がいる。2005年から川崎のスカウトに就任した、向島建氏(現・強化部スカウト担当部長)だ。
「薫を初めて見たのは、小学校低学年のころ。楽しそうにプレーしながらも、そのセンスや感覚はほかのコとまったく違っていました。僕が同じ感想を抱いたのは、後に川崎のジュニアに入ってきた久保建英ですね。
三笘のドリブルの才能には、アカデミー時代から注目していましたから、高校を卒業する際に、当然U‐18からトップチームへの昇格を打診しましたよ。ところが薫は『自信がありません。大学に行きたいです』と断わった。何度も説得しましたが、答えは変わりませんでした。
お父さんに『(大学卒業後の)4年後は川崎に戻って来てください』と念を押しましたし、本人も『必ず帰って来ます』と言ってくれたんですが……。筑波大で活躍するにつれ、ほかのJリーグチームが『練習に呼びたい』と彼に打診する。その話が耳に入るたび、心配になって薫に会いに行きました。彼は『安心してください。川崎しか考えていません』と言うので、毎回ホッとしていましたが(笑)」
U‐18からトップチームへ上がれるのは、年に1、2人ほどの狭き門だ。U‐18でも結果を残していた三笘は、なぜ「自信がない」と昇格をあきらめたのか。その答えは、前出の名良橋氏が知っていた。
「U‐18時代の僕らのひとつ上に、板倉滉くんと三好康児くんというスターがいました。2人とも川崎フロンターレを経て、いまでは海外でプレーしていますが、トップチーム昇格当初は、ぜんぜん試合に出られなかった。『U‐18とトップチームでは、こんなに大きな差があるんだ』という絶望感が、僕らの間でたしかにありました。
でも薫は、大学に行ってすごく伸びましたよ。U‐18では、うまいながらも“ムラ”があったんです。キックオフからそのままゴールを決めるなど、調子がいいときはいい。でも、ゴール前でボールを奪われて失点することもありました。大学入学以降の彼を見ていると、そうしたムラがなくなっているな、と驚きます」
現在は、昨季ブライトンでの三笘の活躍もあって、チーム史上初となる、ヨーロッパリーグに参戦中。三笘に限っては、4日間で2試合フル出場の過密スケジュールが進行中だ。彼のコンディションを心配する声が上がっているが、過酷な環境でもプレーし続けられるのには秘密があった。
「彼がブライトンでも日本代表でも活躍できるのは、2022年7月に結婚したクリアさんの存在が大きいと思います。彼女はホームの試合はすべて観に行っているようですし、献身的に支えていますよ。たとえば、彼がファンと写真を撮るとき、ユニホームの上にジャージを着ていたんですが『脱いだほうがいいんじゃない?』とさりげなく声をかけ、彼のジャージを持ってそばで見守っていました。
日本でのイベントにも、できる限りクリアさんが帯同しているといいます。彼は、自分が納得できなかった試合後は、囲み取材でも目線を合わさずボソボソと話すんですが、クリアさんといるときは180度違う表情を見せてくれます」(現地メディア記者)
前出のスカウト・向島氏は、さらに今後の活躍を期待する。
「高校までの三笘は、ドリブルはズバ抜けていましたし、賢かった。一方、フィジカルや守備、ヘディングはまだまだでした。ただ薫は、自分で強みと弱みをわかっていたんです。この先、一流になるために何を足したらよいのか、ビジョンを持って実行していきました。だからこそブライトンでも、守備を一生懸命やるし、先日はヘディングでゴールを決めました。これまでも、幼くして“スーパー”なコはたくさん見てきましたが、一流になれなかった人は多い。薫は自分を客観的に見られたからこそ、ここまでの選手になったと思います」
「神奈川のキャプテン翼」は、どこまで世界に羽ばたくのだろうか。