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元小結・阿武咲、転職先は化粧用メーカー…いまだから明かせる横綱との “激アツ” 秘話「日本酒を2人で7升飲んだことも」
「『目が優しくなった』と言われますね。これまで相撲のことばかり考えていたし、やっぱり勝負師だったんですよ。今思えば、腹の底から笑ったことはなかった気がします。そこから解放されて、本当に笑えるようになりました」
2024年12月18日に引退し、12年間の力士生活に別れを告げた元小結の阿武咲(おうのしょう)。角界からも離れ、本名の打越奎也(うてつふみや)に戻った男は今、新たな世界に足を踏み入れるところだ。
「怪我をしてどんどん自分の相撲が取れなくなって、それでも工夫しながらやってきましたが、もう限界でした。日常生活でも、階段の上り下りさえキツいし、子供も抱っこできないくらいでしたから。相撲協会に残って相撲に携わっていくという選択肢もありましたが、また違う道で第2の人生を送ってみたいという気持ちも強くあったんですよ」
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妻と3人の子供を持つパパが選んだ新しい職場は、馬油(ばーゆ)を使ったスキンケア用品などを扱う企業だ。
「こちらの社長とは、ドッグランで犬を通じて知り合いになったんです。自分は肌が弱くて何を使っても合わなかったのですが、すすめていただいた馬油を使ってみたらすごくよかったんですよ。肌が弱いこともあって、現役のときからスキンケアや化粧用品にはすごく興味があったんです。それで相談したところ、この4月から社員として働かせていただくことになりました」
横浜元町に本店がある「横濱馬油商店」で仕事のノウハウを学び、将来的には独立も視野に入れているという。
「もともと凝り性というか、興味があることはとことんやる性格なんですよ。どの世界でも一生懸命やるというのは同じですから」
■張り手一発で口の中がボロボロになった
幕内を42場所務め、幕内通算成績は297勝287敗46休。殊勲賞1回、敢闘賞3回という輝かしい成績を収めた元・阿武咲の打越さんに、現役時代を振り返ってもらった。
まず「思い出の一番」として挙げたのは、2023年一月場所13日目の大関・貴景勝(現・湊川親方)戦。同学年で、少年時代からのライバルと優勝を争うなかでの一番だった。
「負けたのですが、自分はあの一番ですべてを出しきりました。しかも、昔からずっと知っている相手と、あの舞台で優勝争いができたことが本当に嬉しかった」
そのライバルも、2024年9月に引退した。
「自分が引退することは電話で伝えました。『俺ら頑張ったよな』と言ってくれて嬉しかったですよ。現役時代は、一緒に遊ぶとかそういうことはあえてしなかったんですけど、そのうち一緒に酒が飲めればいいなと思います」
横綱・白鵬(現・宮城野親方)とは2勝(うち不戦で1勝)3敗だった。大横綱との思い出の一番は、2020年三月場所の10日目。一気に押し出して、3度めの挑戦で金星を獲得した。
「自分、白鵬杯(白鵬主催の少年相撲大会)の第1回で、青森チームで優勝してるんですよ。そのとき、横綱にメダルもかけてもらって。そんな横綱に1回でも勝てたのは嬉しかったですね。白鵬関と当たるたびにいろいろ考えて、新しいことを試していたのですが、あのときはそれがすべてハマった。しかも押し相撲、阿武咲の相撲で勝てたのがよかったです」
照ノ富士とは5勝(うち不戦で1勝)5敗の五分。
「照ノ富士関は “壁” ですね。とにかくデカくて重い。でも、そのなかに柔らかさがあって、しかも高い技術がある。少しでも攻めがずれたり、間違ったりすると、まず勝てません。そのなかで勝てたのは、自分の膝の調子がよかったときですよね。怪我をしてからは4連敗ですから」
稀勢の里(現・二所ノ関親方)とは対戦は1回のみで敗れている。だが、「思い出の一番」があるという。
「毎年秋におこなわれるトーナメント大会(明治神宮例祭奉祝全日本力士選士権大会)があるんですが、そこで稀勢の里関に勝っているんです」
それは、2018年10月1日におこなわれた大会の決勝。3連覇がかかっていた横綱を、阿武咲が押し出しで撃破した。
「トーナメントは本場所ではないので、ガチンコではないこともあるんです。賞金も懸かってますし、自分はガチで勝ちにいこうと思っていたんですが、横綱はどうなのかなと。そうしたら、最後の仕切りからガラッと表情が一変して、『これはガチだ』と。立合いで一発バシーン! と張られたんですけど、勝つことができた。ただ、あの張り手一発で、口の中がボロボロになってましたけど(笑)」
■ぶつかったら頭が飛びそうなほどガッチガチ
稀勢の里、髙安(当時はともに田子ノ浦部屋)とはよく出稽古をしたという。
「稽古場では相手が横綱でも大関でも張られたら張り返したし、バチバチでしたよ。お二人には、滅茶苦茶にかわいがってもらいました。対戦したことよりも、稽古のほうが覚えています。うちの部屋には関取が自分しかいなかったし、お二人に稽古をつけていただいたことで、自分も引き上げてもらえたと思っています」
稀勢の里とはこんなエピソードも。
「相撲取りはみんな酒が強いし、自分も滅茶苦茶飲みました。稀勢関の強さもハンパなかった。うちの部屋で一緒に稽古して、その後食事になるんですが、そこでもう飲み会みたいになっちゃって。日本酒を二人で7升くらい飲んだと思うんですよ。
自分、その日の夕方にトークショーがあったんですけど、さすがにベロベロで、何を話したかさっぱり憶えてないんですよ(笑)」
地元・青森の先輩である宝富士との対戦は21回もあり、13勝8敗の “勝ち越し”。
「同じ中泊町出身で中学の先輩です。小学生のときから稽古をさせてもらっていますけど、だからこそよけいに『絶対負けない』と思ってました。学年は10も違って37歳ですけど、本当に鉄人だなと思います。体は今もパンパンに張ってますし、ぶつかったら頭が飛びそうなぐらいガッチガチに固いんです。リアル “キン肉マン” ですよ」
ときには、阿武咲の目つきに戻りながら語る打越さん。初場所が始まり、テレビで中継を観ているとこんな気持ちになるのだという。
「まだ引退して少ししか経っていないのに、なぜかすごく昔のことのように思えるんですよ。本場所の15日間はずっと相撲のことを考えて、夜も眠れなかった。体もきつかったですが、いちばんは精神的な疲れでしょうね。今はよく眠れますし、毎日家にいるので子供たちも喜んでくれます」
6月1日には両国国技館で断髪式をおこなうが、まだ28歳。これからのチャレンジを応援したい。