
2025 MLB ナ・リーグチャンピオンシップで、3本目のホームランを放った大谷(写真:AP/アフロ)
2024年の流行語大賞候補「50-50」(50本塁打、50盗塁)に続き、大谷翔平が新たな記録を生み出したのは、10月17日(日本時間18日)のことだった。
ナショナル・リーグチャンピオンシリーズでブルワーズを4タテとし、2年連続でワールドシリーズ進出が決定。17日に先発した大谷は、6回0/3を被安打2、10奪三振、無失点と相手をまったく寄せつけない快投を見せた。
打っては3本塁打と大爆発し、本拠地ドジャースタジアムに駆けつけたファンは、大谷の異次元な活躍に酔いしれていた。今後は「10-3」が長く語り続けられることは間違いない。
150年近くの歴史を誇るMLBだが、200年、300年と続いても「決して破られることはない」と思われる記録が存在する。たとえば、投手にとって最高の栄誉賞に名づけられているサイ・ヤングの511勝であり、ノーラン・ライアンの通算5714奪三振、カル・リプケンJr.の2632試合連続出場、そしてイチローのシーズン262安打などだ。
2022年、MLBでは両リーグともDH制が設けられ、現在、二刀流は大谷以外いないことを考えれば、「10-3」も破られることのない記録かもしれない。唯一、可能性があるのは大谷だけということになる。
ところが、過去の記録を調べると、大谷の「10-3」を超える記録が存在していることがわかった。しかも、日本のプロ野球でだ。
1967年10月10日、巨人に入団2年めの堀内恒夫投手は、広島戦の先発マウンドに上がっていた。
初回に2つの四球と捕逸でピンチを迎えるなど制球が安定しなかったが、なんとかしのぐと徐々にリズムに乗る。それは打撃にも好影響を与え、3打席連続の本塁打を放ったのだ。かつて堀内氏はスポーツ報知のインタビューで、当時の心境を次のように答えていた。
《1打席目に真っすぐをホームラン。2打席目は高めに詰まって、バットにヒビが入っていたのにスタンドイン。本当は5回までの予定だったけど、もう一発打て、ってことで続投した。3打席目はインコースのカーブをレフトに。投手では史上初の3打席連発よ》(2024年3月12日)
堀内氏はルーキーイヤーの前年、開幕から破竹の13連勝を記録し、新人王を獲得。王・長嶋を差し置いてシーズンMVPを獲得していた。それだけに自信満々で2年めを迎えていたのかもしれない。記録は、ノーヒットノーラン+3本塁打。もちろんこの偉業を達成したのは、NPBでもMLBでも堀内氏ただ一人である。
「堀内さんがプレーしていた時代は二刀流なんて言葉はなかったし、目指す選手もほとんどいませんでした。もちろんDHもありません。ただ、当時、二刀流を目指せる選手といえば、堀内さんしかいなかったことも事実です。
投手として203勝しただけでなく、それほど打撃練習をしていなかったにもかかわらず、21本塁打を放っています。それだけ打撃センスは突出していました。
ただ、それ以上に二刀流をこなせる理由としてあげられるのが、守備力なんです。NPBでは1972年から投手部門のダイヤモンドグラブ賞が発足しましたが、初年度から7年連続で受賞しています。
あの守備力をもってすれば、内野ならどこでもこなせると見られていました。時代が時代なら、“大谷よりさらにすごい記録” が続々と生まれていたかもしれませんね」(ベテランのスポーツライター)
日本にも、とてつもない記録を残していた選手がいたのだ。