
500gのステーキにかぶりつくウルフアロン(写真・ヤナガワゴーッ!)
「いただきます! うまっ!」
そう言って、500gの豪州産リブロースにかぶりついたのは、2025年6月に柔道を引退し、新日本プロレス(以下・新日本)に電撃入門した、東京五輪柔道男子100kg級金メダリストのウルフアロン。
「新日本の道場に近いこのお店には、練習生になってからよく通わせてもらっています。赤身ならペロッといけるし、いい意味で肉々しくて、食べたぶんだけ体が強くなっている気がするんです」
ステーキを自宅で焼くこともあり、食べ方にもこだわりがあるそうだ。
「焼き加減は超レア。味つけはバターに醤油、にんにくを合わせたガーリックバター醤油が最高。バターで脂っぽくなると思うかもしれませんが、バターと肉、どっちも牛だから合わない理由がない(笑)」
ウルフは、その明るさとトークの力でメディアからも引っ張りだこだが、2026年1月4日にはデビュー戦を控えており、調整具合は気になるところ。柔道の日本代表経験者がプロレスに転向した例は過去にもあるが、五輪の金メダリストとしては初。加えて、長く新日本のエースとして君臨してきた棚橋弘至の引退試合とも重なり、会場の東京ドームは全席完売。地上波での全国放送(テレビ朝日系)も24年ぶりに決定するなど、注目を集めている。
「準備はある程度できています。満員の東京ドームを想像すると緊張もするし、気持ちは自然と高ぶってきます。きっと、どこかに“うまくいくだろうか”という不安があるからこそ、緊張するんでしょうね。でも、そうした緊張感って悪くない。むしろ、緊張感のない人生なんてつまらないじゃないですか。僕は新日本が好きだったことはもちろんですが、こうした感情を味わいたくて、プロレスへの転向を決めたんだと、あらためて実感しています」
デビュー戦の相手は、ヒールユニット「H.O.T(ハウス・オブ・トーチャー)」のリーダー格・EVIL。凶器使用や反則、味方の乱入も辞さないファイトスタイルで知られる強敵だ。だが、このカードはウルフ本人が直訴する形で実現した。10月13日の両国大会では、EVILが反則まみれのファイトで勝利すると、セコンドについていたウルフがリングに上がって乱闘に発展。12月14日の熊本大会でも、試合後のEVILにウルフが詰め寄り、互いにエルボーを打ち合うなど、2人の因縁はすでに激化している。
「リングに上がれば、先輩も後輩もない。EVILはタチが悪いし、試合でも反則攻撃やH.O.Tの選手が乱入してくるんでしょう。でも、よく考えたらここまで“乱入”しているのは僕のほう。しかも、まだ練習生なのに(苦笑)」
柔道では世界一になったウルフだが、新日本入門後は「ゼロからのスタート」を強調。道場で基本週6日、午前中は20歳前後の練習生たちと汗を流している。
「基礎練習はキツいですよ。もうすぐ30歳なのに、スクワット1000回なんて普通、やらないじゃないですか。そういう意味では、学生時代に戻ったような感覚もあります。プロレス界は、年齢に関係なく入門が早いほうが先輩。突然、10歳上の後輩が入ってきて、お互い『さん』づけで呼び合ったり、周囲には気を使わせてしまっているかもしれません(笑)。ただ、自分が好きで選んだ道なので、つらいとはまったく思っていません」
プロレスラーになったということを、どんな瞬間に感じるのだろうか。
「腰や背中に “ロープの痕” がくっきり残っているのを見たときは、自分でも思わず笑ってしまいました(笑)。ロープって、ワイヤーのまわりにゴムがあるだけで、想像よりめっちゃくちゃ硬いんですよ。柔道とプロレスは、動きの方向性やリズム、受け身の形など、どれも違うので慣れるのには苦労しました。でも、いまは畳よりマットのほうがやりやすいと感じるほどです。(必殺技は柔道技か?)武器にはなると思いますが、やりすぎるとプロレスじゃなくて柔道になっちゃう(笑)。そこは、どうなるか楽しみにしていてください」
柔道で頂点を極めただけに、“失敗できない”というプレッシャーは、誰よりも大きいかもしれない。
「実際にリングへ上がったとき、どんな気持ちになるかはわからない。でも、普通の人ではなかなか立てない舞台に何度も立ってきたぶん、緊張とつき合う術は身についているのかなと思います」
初めてリング上でプロレスファンにあいさつをしたときは、緊張で「マット」を「マットレス」と言い間違え、笑いを誘ったこともあったが……。
「あのときは、話すことを決めようとしすぎて、噛んでしまった(笑)。プロレスは観てくれるファンがいたうえで成り立っているところがある。僕が新日本に入る際に声をかけてくれた永田裕志さんからも、対戦相手だけじゃなく“観客とも闘っていくんだ”ということは言われました。プロレスは試合前後のマイクパフォーマンスも大事。その点は、バラエティ番組や10月から始めたラジオでの経験を生かしていければと思います」
最後にあらためて、デビュー戦と2026年の抱負を聞いた。
「(EVILに)プロレスのキャリアではまったく歯が立たないですが、柔道でやってきたことと、この半年、準備してきたことをぶつけるだけ。まずは、1・4に“全集中”したいと思います」
金メダリストの肩書を脱ぎ捨てた男の第2章は、間もなく幕を開ける。
うるふあろん
1996年2月25日生まれ 東京都葛飾区出身 祖父のすすめで6歳のときに柔道を始める。2017年に、世界選手権100kg級で優勝。2019年に、体重無差別で日本一の座を争う全日本選手権を制すと、2021年の東京五輪では100kg級で金メダルを獲得。2024年のパリ五輪(個人7位)の翌2025年6月に柔道を引退、プロレス転向を表明した
取材&文・栗原正夫
取材協力・「STEAK DINER BULL」
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