
巨人キャンプを訪れた松井秀喜(写真・共同通信)
2月11日、巨人やニューヨーク・ヤンキースなどで活躍した松井秀喜氏(ヤンキースGM付特別アドバイザー)が宮崎入りした。今回は巨人の臨時コーチとして後輩たちを指導する予定だ。
「“ゴジラ”も51歳となり、髪には白いものが目立つようになりましたが、そのオーラは健在でした。多くの巨人ファンは“あの日の言葉”を思い出したのではないでしょうか」
巨人の終身名誉監督である長嶋茂雄さんが亡くなったのは、2025年6月3日のことだった。愛弟子だった松井氏は翌4日の早朝、ニューヨークから緊急帰国。弔問に訪れ、悲しみの再会を果たした。弔問を終えた後、メディアに応じた松井氏は悲しみを噛みしめるかのように語り始めた。
「私にたくさんのことを授けてくださいましたので、今後どういう形で次の世代に継承していくか、はっきりとした形は見えませんけど、長嶋監督と生前、約束したこともありますので、ここでは今はお話しすることはできませんけど、その約束は果たしたいと思っています」
と語ったのだ。この言葉を聞いた後、巨人ファンは「ついにこのときが来たか」と喜び、その時期をまだかまだかと待ち続けているという。
「要するに、長嶋さんと交わした“約束”とは“巨人の監督になる”ということだったのではないかということですね。それだけに臨時コーチとしてひなたマリンスタジアムに姿を現すと、ひと際大きな歓声が上がりました。実際、阿部慎之助監督の元、巨人は低迷していますし、ファンは“松井が救世主”と決めているようです」(スポーツライター)
しかし、松井氏を長年取材するベテランの担当記者は違った見方をする。
「長嶋さんとの約束は、将来の監督就任にあることは間違いないでしょうが、それは“巨人”ではありません。むしろ日本代表、つまり“侍ジャパン”の監督が本命なんですよ。今回、巨人の臨時コーチを務めた後には、侍ジャパンの宮崎合宿に激励で訪れることがわかっています。これも証拠の一つです。松井氏は現役時代、侍ジャパン入りを打診されましたが、ケガなどの理由から断っています。その後もまったく侍ジャパンには関わってこなかった。WBCとずっと無縁だった彼が今回、代表合宿に訪れるということが、何よりも今後の進む道を表していると思いますね」
侍ジャパンの監督就任。そこには「長嶋氏の影響が多大にある」と続ける。
「長嶋さんは2004年アテネ五輪の日本代表監督に就任しましたが、本大会の半年前に脳梗塞で倒れて指揮を執ることを断念しました。長嶋さんは野球発展のため、五輪で指揮を執ることは長年の夢であったし、野球人として最後の仕事だと周囲の人に話していました。
誰よりも日の丸が付いたユニホームを着ることを熱望していたので、指揮を執れなかったのは心残りだったのでしょう。そうでなければ、東京五輪の聖火ランナーを王貞治氏、松井氏とともに務めることはしなかったはずです。当時、体調は相当悪かったと聞いていますから。その強い思いを愛弟子の松井氏が継ぐことは当然の流れです。
今回、WBCの宮崎合宿に激励に行くと聞いたとき、担当記者間ではそれこそ『ついにこのときが来たか』という言葉が出ました。井端弘和監督は今回のWBCまでの契約となっていますから、引継ぎの問題もありません」
次のWBCは2029年の予定だが、前年にはロサンゼルス五輪が開催される。野球の母国でのことだけに、MLBもトップ選手の出場を許可する動きになっているという。
選手としては国際舞台に縁のなかった松井だが、監督として指揮を執る姿を誰もが待っている。
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