
トヨタ自動車陸上長距離部でキャプテンを務める服部勇馬(写真・福田ヨシツグ)
東日本大震災から15年。再び立ち上がり、復興への思いを胸に歩み続けてきたアスリートたちに、競技を続ける喜び、そして重みを聞いた。
「僕らが車で30分ぐらい前に通過したコンビナートで火災が起きていて、時間がずれていたら大変なことになっていたと思います」
地震が起きたとき、仙台育英高校2年だった服部勇馬は、千葉県内で合宿をしていた。
「ニュースでは、毎週末通っていた荒浜(宮城県仙台市)のクロスカントリーコースが津波に飲み込まれていて、現実とは思えない光景でした。友達が無事なのかという不安もありました」
服部は、この年の3月20日からおこなわれる世界クロスカントリー選手権大会への出場が決まっていた。
「初めて日本代表に選ばれ、日の丸をつけて走れると思っていた矢先でした。代表のユニホームやパスポートは仙台に置きっぱなしで、親や先生が手配し、送り出してくれました。すべてが不安ななかでしたが、このレースという目標があったから、僕自身は前向きになれたと思います」
4月中に仙台に戻ると、朝練習のコースは津波の被害で風景が一変していた。
「いつも戦っている東北ブロックの高校はどこも被害を受けていて、特に福島はもっと厳しい状況にありました。それでも選手たちは頑張っている。自分も負けていられないと思い、がむしゃらに練習をさせてもらいました」
服部の座右の銘は「心で走る」。走れることが当たり前ではないと気づき、日々感謝するようになったという。
「レース中にきつくなり、逃げ出したくなったとき、奮い立たせてくれるのは、僕をサポートしてくれる人たちを笑顔にしたいという気持ちなんです。震災でネガティブになっていても何も生まれない。そう考えて、これまで走ってきたと思います」
2024年にはよく走った荒浜を訪れ、荒浜小学校などの震災遺構をめぐった。
「そのときは怪我をしていて落ち込むことが多く、もう一度頑張らなきゃいけないという思いで仙台を訪ねました。そこで初めて知る悲惨な状況もあり、当時の自分は情報をシャットアウトしていたのかもしれないと思うほどでした」
服部は今、32歳。震災から15年がたち、当時の自分の倍近い年齢になった。それでも取り戻せていない街の風景があり、回復にはまだ時間が必要なのかと感じたという。
「僕にできるのは走ることです。そこから活力を感じてもらえたら嬉しいです。そしてもう一度、五輪の舞台に立ちたい。そう思って、精力的に頑張っています」
再び立ち上がり、復興への思いを胸に走り続けてきた服部。その強い意志を支えたのは、全力で取り組んできたスポーツの力だった。
はっとりゆうま
1993年生まれ 新潟県十日町市出身 東洋大学では1歳下の弟・弾馬とともに活躍し、箱根駅伝2区で2年連続区間賞。2016年にトヨタ自動車に入社し、2018年の福岡国際マラソンで優勝。東京五輪の男子マラソン代表
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